第30話「幼馴染達は絆を取り戻す」
案の定と言うか、戻ってきた贄川達は、相変わらず結論を出せずだらだらと議論と言う名の責任のなすり合いを始めた。
こういう時は、誰かが「やろう!」と明言すれば、状況は動き出すものだが、それをやると心理的な責任を背負う事になる。
だから、無意識に誰がに責任を取らせようと、明言を避けつつ「やろう」と言わせようとする。
学がこの光景を見たら、「どこぞのお笑い芸人」か「小田原評定」と言う言葉を思い出したろう。
そんな光景を横目に見つつ、椿はドリンクバーの紅茶をすすった。
(不味いわね。これ)
彼らの尻を叩く気は無いし、何かを強制する気もない。
この時間が長引けば長引くほど、美都の苦痛は増大し、それが学の自責に繋がるからだ。
彼では、相性の悪い〔騎士〕を突破するのにもう少々の時間を要するし、失敗したらしたで、彼女を連れてお暇すればよい。必死で彼女を探し回る学を
火蓋が切られた時点で、お互いの情報量には天と地の差があり、それがそのまま明暗を分けた。
ここまで条件が違えば、もはや学の能力など関係ない。両手を縛って視界を塞いだ相手をなぶるのに、一般人だろうとボクシングのチャンピオンだろうと関係ないのと同じだ。
最初から彼の敗北は決まっていた。逆転の目などない。
だと言うのに、この不快感は何だろう?
責任をなすり合う生徒たちの卑屈さがそう感じさせるのだろうと、自分を納得させる。
きっと、まだあの男の顔が苦痛に歪むのを見ていないからだ。それさえ見れば、きっとこの渇きは治まる。
こんなまがい物ではなく、本当の紅茶が飲みたい。忙しい父が自分の為に時間を作って入れてくれた、あの紅茶の香りが忘れられない。もう二度と飲めないと分かっているのに。
「ねえ、あんたさ……」
床に転がされた美都が話しかけてきた。
命乞いでもするつもりだろうか? それなら録音して、あの男に聞かせて……。
「本当は、辛いんじゃない?」
自分の顔はきっと怒りに歪んでいるだろう。
「祭壇の羊は黙りなさい。指の一本くらい切り落としたって良いのよ?」
「あんたさ、昔の、千彰に会う前の私と同じ顔してる。助けを求めてるのに、それを認めたくなくて、必死に気を張ってる顔」
「……っ!!」
椿が言葉に詰まったのは、羞恥なのか、憤怒なのか。
彼女の言葉を聞いては駄目だと思った。
聞いてしまえば、受け入れてしまえば。自分は壊れる。処刑台の父をただ眺める事しかできなかった自分に戻ってしまう。
壊れたくなければ、壊すしかない。
無意識のうちに、右手を振り上げ、父から託された魔剣を召喚する。
これを振り下ろせば、楽になれるのだ。
尋常ではない様子の椿と、右手の洋剣に気付いたクラスメイトたちが悲鳴をあげたのが、ひたすらに耳障りだった。
◆◆◆◆◆
「千彰っ!」
両目を閉じ、体を固くして、美都は最愛の人の名を叫ぶ。
彼が「父親」と「恋人」の間で揺れていたことには気づいていた。
それでも、美都は彼の隣にいたいと願った。
確かに、自分はかつて千彰に依存していたかも知れない。あらゆる判断を彼に投げていた部分はある。
「美都、バディものの醍醐味は相互関係なの! 一人が出来ない事を二人で補い合う。それがバディよ! 機面ライダーJ3と4号とか、スペシャルマンムゲンとグリマーとかみんなお互いの弱点を補い合うから強いのよ!」
「ふーん」
「おい、コンベア総司令とギガトロス大帝のコンビを忘れるなよ!?」
「ギガトロスは悪人じゃない!?」
「その2人が譲れないものの為に一時的に手を結ぶのが良いんじゃないか!」
ある日、良く分からない話題で盛り上がる倫と学に、美都は「バディとか言うものは、この2人みたいな関係だろう」と大雑把に理解した。
確かに、行動力に溢れるが先走りがちな倫と、思慮深く機転が利くが時に本質を見失う学はかみ合っていた。
「ねえ、『そうごかんけい』じゃないバディはどうなるの? 片方が片方に頼り切りだったら……」
倫は「時々いるわね。そう言うダメバディ」と辛辣な評価を下した。
「大抵の場合は駄目な方が成長して、相互関係を築けるようになるわ。そういう展開も燃えるわよね!」
「それ以外の場合は?」
「助けられてばかりのキャラは影が薄くなるったり、人気が落ちたりするから、物語からドロップアウトして、新しい相棒が登場する事もあるな」
学の情報に青ざめた美都は、その後どんな言葉が交わされたのか良く憶えていない。
ただ、このままの関係でいたら、自分は千彰と一緒にいられないと理解した。
だから、2人のようになりたいと思った。
芯は強いが内向的な千彰の代わりに、自分が色んな人に話しかけ、彼に引き合わせた。ファッション雑誌を買いあさり、いまもかっこいいけど、千彰にもっとかっこよくなってもらおうとした。
彼が興味の無い事も勉強して、話して聞かせた。
千彰と対等になる。倫と学みたいに!
◆◆◆◆◆
千彰と付き合いだしてから、いや出会ったその日から、彼に父親を求めた事は無い。
彼の笑顔にときめくことはあっても、その優しさの傘にもう一度入りたいなんて思わない。それなら、土砂降りの中に傘がなくても一緒に歩きたい。
今は自分を娘としか見ていなくても、きっと対等なバディになってみせる。
大学へ行って、独り立ちして、それから自分の気持ち伝えよう。「もう大丈夫だよ」と。「だからこれから私たちはバディになろう。倫と学みたいに」と。そう伝えるつもりだった。
こんな事になるなら、すぐに伝えれば良かった。
(千彰、倫、学!)
歯を食いしばって降りかかる厄災を待つ美都は、勢いよく開かれたドアと、一番聞きたかった声だった。
あの優しい千彰の顔が、怒りと焦りで染まっていた。
それでも、美都を絶望感から解放するには十分だった。
「美都! 美都!」
浅見千彰は、床に転がされた美都を見て安堵し、彼女に刃物を向ける見慣れない女生徒を睨みつけた。
「なんのつもりか知らないけど、
こんな事態なのにおかしいと自分でも思うが、それでも美都は湧き上がってくる喜びを抑えられなかった。
そんな彼女を見て椿は苛立ちを隠さず、鼻を鳴らす。
「嫌よ。復讐の機会をおままごとにほだされて手放すわけないでしょ?」
「なら、力づくでも返してもらう」
千彰は、椿の剣を警戒しながら、少しずつ距離を詰める。
「浅見、これはこの子が……」
「黙ってなさい! 今は千彰の正念場よ!」
倫に雷を落とされた生徒は固まり、それ以外の者も脂汗を浮かべて事態を見守っている。
状況が、動く。
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