第29話「勇者は勇者と激突する」

 〔騎士〕の初撃は、上体を落として学の懐に潜り込み、無防備な脛めがけ、刀を薙いだ。

 鎧武者姿に似合わないトリッキーな攻撃だったが、同じようなスタイルの剣術家と対峙した経験から、「騎竜のブーツ」で跳躍して回避する。

 〔騎士〕は着地点に向けて刀を振り抜く。刀身から発生した烈風が、幾重にも分裂し、学を襲った。ブーツに追加の魔力を注入して、後ろに飛び退く。コンクリートの地面は大型トラックの重量に耐えるマンホールのフタごと、ずたずたに切り裂かれていた。


(何らかの魔法で空間をゆがめて死角からの攻撃と魔法剣による連撃で、こちらの「タメの時間」を奪う、か)


 学は、ゆっくり息を吐いて、相手を観察した。

 まるで、あつらえたように・・・・・・・・苦手な相手をぶつけて来た感じである。


「……あんた、俺のスタイルをリサーチして戦ってるな?」

「戦いは剣を抜く前に始まっているからな。貴公の魔法は〔破壊の勇者〕を名乗るだけあって一発が大きい。しかし、街中で手数が多い相手と戦うには、隙をつくか魔力切れを狙って来た。手の内を知っている俺は隙など見せんし、魔力切れを起こさせる時間などない。違うかな?」

「……へえ、そこまで知ってるんだ。あんたもサーシェス帰りか? 俺はあんたみたいな勇者を見たことが無いが?」

「サーシェス? 貴公の召喚された世界そう言うのか。興味はないがな」


 こいつ、他の世界から戻ってきたと言うのか!?

 確かに、〔騎士〕が纏っている和装鎧はサーシェスでは一般的ではない。日本刀も性能は抜群でも、価格とメンテナンスの面倒さから扱う職人が少なく不人気だった。

 だが、そうでない世界から帰ってきたとしたら?


(迂闊だった! あのくそ女神は確かに嘘はつかなかったが、俺たちに全部の情報を出すとは限らなかったじゃないか!)


 全容はまだ把握できないが、勇者の戦いはまだ終わっていないようだ。

 だが、人類連合の作戦立案を主導した頭脳は、劣勢からの立て直しに定評がある。多少無理をしてでもここは押し切らせてもらう。


「……もういい。面倒くせえ」


 学は、苛立ったように吐き捨てた。


「多少周囲に被害が出ても、建物ごとお前を吹っ飛ばすわ。名前も知らない奴より美都の方が大事だし」


 特大の爆裂魔法がエンチャントされた弾薬シェルをポーチから取り出し、躊躇なく装填する。


「多少は死ぬだろうけど、お前のせいだからな?」


 ゆっくりと、しかし確実に、デバステイター魔銃に莫大な魔力を込めてゆく。

 もし、この場に〔毒蛇〕か〔元帥〕がいたら、こんなあからさまな手には引っかからなかっただろう。だが、戦う事しか頭にない戦闘狂は、学の妄言を常識的な・・・・判断だと考え、そしてその上で悪手だとジャッジした。


「……この程度の男か」


 〔縮地〕の魔法を展開して、魔力を注入する学の真横に回り込み、喉笛を狙って刀を振るう。

 魔法は威力が大きければ大きいほど、タメの時間を要するのは自明の理。恐らく先ほどの〔縮地〕から魔力をチャージする時間を割り出したつもりだろうが、あんなものは籠手調べで、まだまだスピードアップは可能だ。


「死合中に勝敗以外に気を取られるから、命を失う!」


 だが、学が放った魔法は、周囲を破壊するどころか、ただ光を放っただけ、完全にコケ脅しだった。

 〔騎士〕はなんらかの罠に嵌められたと気付くが、仕切り直そうとして隙を晒すより、攻撃速度を上げて罠の発動前に敵を斬りつける選択をする。攻撃用の魔力を身体強化に全振りし、絶大な反応速度を得る。

 一撃で倒す必要は無い。手傷を追わせれば、罠を食い破れるだろう。

 だが、そこそが学の「罠」だった。


「知ってるか戦闘狂バーバリアン。情報ってのはな、常に最新のを持ってないと意味ないんだぜ?」


 魔銃のグリップを手放し、ヒップホルスターから抜いたのは、アリサからもらった拳銃ベレッタだった。

 通常の拳銃弾なら、勇者の装備は愚か、表皮さえ撃ち抜けない。だが、学が放ったのは通常の弾でも、撃ち抜くための攻撃でもなかった。

 拳銃を渡された学は、早速銃身バレルの内部とボディスライドの裏側に術式を刻み、簡易的な魔銃へ改造していた。

 あくまでも即席の改造だし、サイズが小さい拳銃弾は少量の触媒しか入れられず、撃ちだす魔法の威力も期待できない。

 だが、補助的な武器サイドアームズに徹すれば使い様はある。

 学は、拳銃の実戦使用は初めてだったが、至近距離からの1発は〔騎士〕の南蛮胴に命中する。学は手を緩めず、体勢を崩した相手に残りの12発を全弾叩き込んだ。

 着弾した拳銃弾は計6発。これらは学の魔力を消費し、粘性の粘液をまき散らした。粘液は空気に触れて硬質化し、両足が大地に固定され、肩も動かないため剣を振るえない。直ぐに魔法を発動して拘束から逃れようとするが、あまりにも遅い。

 顔面に放たれた容赦のない〔電磁ブレイク〕で〔騎士〕の身体は吹き飛んでいた。



◆◆◆◆◆



「……勝負あった。殺せ」


 大の字になって転がる〔騎士〕に、学は肩をすくめて背を向けた。


「お断りだ。こっちは時間が無いんでね」

「俺に、屈辱を与えるのか!?」


 背中ごしに吠える〔騎士〕に「こいつめんどくせえ」と思いつつ。学は店内に向かう。

 情報を得られないのも、強敵を排除できないのも痛手だが、フル装備の勇者を殺せるような魔法は魔力の充填に時間を要する。美都を追いかけた2人を思えば、これ以上こいつと遊んでいる余裕は無い。


「知らねーよ。大体、今殺したら再戦の機会が失われるわけだが、それは良いのか?」


 〔騎士〕は、悔しさを飲み込んで「……俺は、なぜ負けた?」と問うた。


「そりゃあな。『守る事』を知っている勇者なら、あんな見え透いたハッタリには引っかからない。衝動のままに漫然と剣を振ってきた怠惰が、お前から『強さ』を奪ったんだよ。もう良いか? 俺は忙しいんだ」


 階段を降りてゆく学を見守りながら、〔騎士〕は「『守る事』だと? 俺はそんなことで……」と、血を吐くように呟いた。

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