第28話「勇者は本気を出す」

 学が報告を受けたのは、学食で倫と部活の話をしているときだった。

 美都、と言うか親しい人物全員の周囲を警戒させているマジックアイテムから危機を知らせる警報があり、すぐに途絶えた。

 「途絶えた」と言うことは、無力化されたと言うことだが、その為には、マジックアイテムの存在を認識・・・・・していなければならない。

 学のこめかみを冷や汗が伝う。これは、クラス内のもめ事では済まない「何か」がある。

 ある意味当然なのだが、学はスクールカースト問題と先日のレプリカポーションについては、同一の問題とは考えていなかった。だから、美都が被害を受ける可能性を、加納や贄川に限定し、それ以上の対策は行っていない。

 まさか、「敵」の動機が、学への個人的な復讐であるなどとは思いもよらなかったし、こちら地球でそれほどのヘイトを受けた記憶もない。

 だがもし、この2つが繋がっていたら、とんでもない事になる!




 アイテムが警報と一緒に送ってきた場所は、繁華街の一角だ。すぐに「転移の宝珠」を取り出して美都の元へ向かえないが試すが、案の定術式は阻害された。このアイテムに込められた転移魔法は、それを拒む者が転移先にいると、術式が発動しないようになっている。

 千彰からの電話は、そんなときにかかってた。


「学! 美都が!」

「分かってる! とにかく知っていることを教えてくれ!」


 電話口の彼はパニック状態で、全力疾走しながら話しているらしかったが、情報を絞ってすぐに対応を頼んだと言う点で報告は的確だった。

 どうやら、加納や贄川達が美都に危害を加えようとしているようだ。

 警察も向かっている様だが、任せる気はない。事が公になれば、彼女に社会的な負担を負わせることになるし、心の方も心配だからだ。

 それに、彼女に万一の事があった場合、刑法の枠内で話を収める気などさらさらない。

 身内に手を出した報いは受けさせる。勿論、彼らの背後にいる「何者か」にも連座して頂く。

アリサとアポロにも連絡しようと通信魔法をエンチャントしたマジックアイテムを起動するが、返答はない。


(ジャミングか?)


 そんな手段があるとは聞いたことが無いが、今は動くときである。

 言霊の魔法で伝言を残し、学は立ち上がった。


「学、何があったの?」


 ただならぬ雰囲気を感じ取って、倫が問いただすが、説明している暇は無いし、取り繕っている場合でもない。


「すまん! ちょっと外す! いや、お前もついてきてくれ!」


 一瞬迷ったが、アリサたちの助力が当てにできない段階で、彼女に協力を頼まない選択肢は無い。ポーションを飲んだ人間ならともかく、倫の腕っぷしならクラスの連中はあしらえる。学は彼女を巻き込むリスクより、それを恐れて美都を傷つける危険性を重要視した。

 だいたい、かえって邪魔になると言うならともかく、「巻き込みたくない」なんて負い目で連れて行かなかったら、後で事情知った倫に殺されてしまう。



◆◆◆◆◆



 もういちど転移の宝珠をかかげ、魔力を込めて千彰の元に転移する。

 いきなり現れた2人に混乱した様子の千彰を、有無を言わさず転送に巻き込み、3人は空間を跳躍した。

 美都の元へ直接転移は不可能なのは、おそらく贄川達が介入を望まないせいだが、店の近くは通ったことがあるので、近くへ転移してショートカットが可能だ。

 説明もなくSFの様なテーレポートを体験させられて、目を白黒させる2人だったが、経緯を話す暇は無い。


「学、あなたはいったい……」

「俺、勇者だから」


 茶化したような返答に、2人が怒りださなかったのは付き合いの長さだろう。

 彼はこんな時に不真面目な言動をする人間では無いし、その言葉の裏にある自嘲の色を読み取ったのだ。


「着いたぞ」


 状況を飲み込めない2人だったが、目の前の店に美都がいると気づいて、入り口に走り出す。

 だが、階段に飛び込む前に、息を飲んで立ち止まった。


「待っていたぞ。貴公が〔破壊の勇者デストロイヤー〕か。一手、指南いただこう」


 現れたのは20歳くらいの青年で、長髪をバンダナでまとめ、迷彩のズボンとタンクトップと言う、軍人染みたいでたちだが、3人の視線を集めたのは、右手に握りしめた抜身の日本刀である。

 武道の心得がある倫でさえ、美都の件が無ければ直ちに逃げ出していただろう。それだけ剣呑な雰囲気だ。

 意を決した千彰が一歩踏み出すが。、青年が刀を一振りした瞬間、足元の舗装された道路に亀裂が入る。


「……お前、何なんだ? 何で美都に関わっている?」


 学の質問を、青年は口元をゆがめ「つまらぬことを聞くのだな」と切って捨てた。


「俺と貴公にとって最重要事項は、これから始まる死合しあいにどちらが生き残るかじゃないのか?」

「学、これは……」


 説明を求める千彰に、青年は「雑魚は黙っていろ!」と威圧し、右手の刀を眼前の掲げた。


「召喚!」


 青年の体に、装備品が装着されてゆく。

 金属製の籠手に、日本風の甲冑。見た目は防御力を意図的に落として動きやすさを向上させたタイプの南蛮胴だが、学が使う〔鉄壁の肩当〕の様に、魔力を流し込んで防御力を上げる特殊素材だろう。


「俺の名は神尾帯刀たてわき。おっと、組織では〔騎士ナイト〕と名乗るように言われていたな。こちら・・・に戻ってから大した戦いもなく、退屈していたところだ。全力で行かせてもらう」

戦闘狂バーバリアンめ!」


 忌々しそうに呟くと、傍らで息を飲む千彰に小声で話しかける。


「あえて今聞いておく。お前にとって美都は?」

「……僕の幼馴染で、恋人だよ。命より大切な」


 学は〔騎士〕から視線を外さないまま頷いて、「持っていけ」と包みを渡す。


「見た目はリップクリームだが、中に魔法……さっきあいつが道路を砕いたのと同じ力が入っている。相手に向けて底に付いたボタンを押し込め。一般人の魔力でも使える護身用だから威力は小さいし、一発しか撃てないが、目くらましにはなる」


 千彰は震える手で包みからリップクリームのケースを取り出し、ポケットに突っ込む。 


「合図したら、全力で店に飛び込め。すぐに追いかける」

「分かったわ。でも私たちの事は一旦忘れなさい。目の前の敵に集中した方がかえって早く駆け付けられるから。それまでは自力で頑張るわ」


 「分かってらっしゃる」と学は思う。発言のソースはどうせヒーローものだろうが、こんな時の倫は、物事の見方が的確だ。やりやすいことこの上ない。

 満足げに頷く学に、〔騎士〕は嘲りの表情を浮かべる。


「余計な事に構っていると死ぬぞ?」

「そいつに関しては同意見だが、お前は勘違いしているようだから、教えてやろう」


 マジックポーチからデバステイターを取り出し、銃口を上に向ける。


「召喚!」


 漆黒の軽装鎧を纏い、学は〔破壊の勇者〕となる。 

 向こうの装備もかなりレアアイテムだろうが、こちらは〔魔技師〕のジョブを持った学が、無駄をそぎ落とし自分に最適な調整を行っている。

 速攻で決着をつけなければならないハンデがあるが、やってみせるつもりだ。


「学が、『変身』した!?」


 驚愕する倫の言葉を聞き流し、学は魔法弾を薬室に装填する。


「俺にとっての最重要は、この先で助けを待っているダチの元に駆け付けることだ。お前とのお遊戯なんて心底どうでもいいから、一瞬で片づけてやるよ。かかってきな! 戦闘中毒者ジャンキー!」


 〔騎士〕はにやりと笑って、刀身を舐め、学めがけて突進した。


「今だ! 行け!」


 千彰と倫が同時に走り出す。学に剣を振りかざす〔騎士〕とすれ違うと、店舗に通じる階段に飛び込む。

 〔軍団〕を相手にした、熾烈な戦いの幕開けだった。

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