第27話「支配者たちは一線を越える(その2)」

「ごめんね。恨みはないんだけど、あなたが悪いのよ?」


 女生徒は悪びれもせず言った。

 今なら逃げ出せるかと立ち上がろうとして、足に力が全く入らない事に気づく。

 大声をだそうとするが、ここが防音壁である事を思い出し、悔しそうに唇を噛んだ。


「あんた、いったい何なのよ!? 私が悪いってどう言う事よ!?」


 女生徒はくすくす笑いながら「私はそうねぇ。『椿』と名乗っておきましょうか」と恐らく偽名を名乗った。


「あなたが悪いと言ったのは、『あなたが菅野学と友達だから』よ。幼馴染のためにタンカをきったのは、とってもカッコよかったわ。あなたと友達になりたいとすら思った。あなたが庇った幼馴染が、あの男でなければね」

「学と? あいつは確かに態度悪いけど、別に悪い奴じゃ……」


 椿は「そういう事じゃないのよねぇ」と、出来の悪い生徒に採点するように、美都の言葉を否定した。


「あいつはね。私たちからすべてを奪った。『存在を侮辱する』っていう最悪の行為をした後でね。だから、私はあいつが大事にしている生きとし生けるもの全てに同じ思いをさせる。そして、最後に残ったあいつを八つ裂きにするの」

「あんた、いったい何を言ってるの?」


 一介の高校生でしかない学が、どうやったらそれほどの憎しみをうけるような行いが出来ると言うのか?

 確かに、こちらへ戻ってきた彼は、出来過ぎなほど論戦に慣れていて、立ち回りも的確だ。千彰や倫も疑問に思ったと言うが、学は「隠すつもりはないから、皆がそろった時に話すよ」とだけ答えたそうだ。

 いったい彼に何があった? 何が起こっている?

 混乱する美都を一顧だにせず、椿は中空を見つめ、「へぇ」と感嘆した。


「あなたの周りを飛び回っているのは、隠密魔法を付与したマジックアイテムね。あなたが恐怖心や警戒心を抱くと、それに反応してあの男に警報が行くようになってる。位置情報をリアルタイムで知らせる術式が除外されてるのは、千彰君への配慮かしら? あなたたち、大事にされてるわねぇ。全部無駄だけど」


 椿が人差し指を何もない空間に向ける。「……〔光子銃レイガン〕」と囁くように唱えた瞬間、指先から光の帯が撃ちだされ、何かに当たって弾けた。


「知らせを受けた菅野学はすぐここに来るだろうけど、期待しない方がいいわ。自前で魔法も使えないせいで策士として動くような半端な勇者が、正面戦闘で『彼』に敵う訳がないし」


 魔法? 彼女は何を言っている?

 分からない。ここにいたくない。

 帰して。みんなのところに帰して。

 現実を拒絶する様にかぶりをふる美都を、満足げに見下ろして、椿は言った。


「最初に謝っておくわ」


 続いて椿が口にしたのは、あどけない容姿から想像もできないような、ぞっとする言葉だった。


「あなたはこれから、死ぬよりも辛い目に遭う。それはあなたのせいじゃないけど、だからと言って止める気はないわ」


 美都は、毒蛇に睨まれたように言葉を失い、微動だにできなくなった。


(……千彰! ごめん!)


 恐怖と悔し涙の中で、最愛の恋人・・の顔が浮かんだ。



◆◆◆◆◆



 しかし、椿、いや〔毒蛇サーペント〕のはかりごとは、本人たちとは関係のないところで「軍団バタリオン」の計画にひびをいれる事になる。

 「流石にこれはまずい」と冷静になった、と言うよりビビった2軍の生徒が、トイレに立つふりをして抜け出し、一星に報告を入れたのだ。何故か携帯が繋がらず、コンビニに走って電話を借りたのだが、報告の対象にリーダーの静磨ではなく、企業家の息子で「損切り」や「危機管理」が出来る一星を選んだのは、たまたまではあったが僥倖だった。




 相談された一星は「馬鹿どもめ!」と悪態をつくと、直ぐに贄川らに連絡をとるが、案の定連絡がつかない。

 報告してきた生徒に馬鹿な真似は止めろと伝えるよう命じようかと思ったが、彼はそこまで腹が据わってはいまい。かといって自分は今呉市におり、今から駆け付けても遅い。静磨は部活中で、スマホはロッカーの中だろう。

 大ダメージを覚悟して、警察に相談しようとしたとき、菅野学を思い出した。

 時計をみると、時刻は16時半。まだ彼が校内か繁華街周辺にいれば、駆け付けて上手く収めてくれるかもしれない。弱みを握られることになるが、警察沙汰にして大騒ぎになるよりマシだ。

 事件が起こってしまったリスクを考えれば、どのみち通報はしなければならないが、もし学が先んじて事態を収めてくれれば、自分が受けた報告が誤解からきたガセだったことにすればよい。

 報告してきた田崎には心苦しいが、もともとこんな杜撰な計画を勝手にやったのが悪い。「本人も反省しているようなので、名前を出すのは勘弁願いたい」で通すつもりだ。

 学の連絡先は知らないが、千彰で伝えればよい。

 一星は取り乱す千彰に直ちに学とカラオケ店に向かうように伝える。

 その後、いったん深呼吸すると、スマホを操作して110番に電話する。

 警官の到着まで、おそらく5分程度はかかる。学校から全力疾走で、店までかかる時間は同程度。どちらが先着できるかは道路事情や、最寄りの警官が何処にいるかなど運要素に左右されるので何とも言えない。

 「お前はクラスメイトの統制・・も取れんのか?」と皮肉を言う父親の顔を想像してうんざりするが、最悪の事態だけは回避されただろう。

 後始末を考えると、今日は長い一日になりそうではあるが。




 結論から言って、彼の期待通りパトカーより学が先着することになる。

 学は既にマジックアイテムからの警告を受けて動き出していたし、通報を受けた警官は何故か・・・店の場所を視認できず、たどり着くことが出来なかったからだ。企業家のサラブレットも、マジックアイテムや椿が使った人払いの魔法までは、計算に入れる事が出来なかった。

 彼の行動は、結果的に状況の打破に貢献しなかった。

 だが、ここで学と一星のラインが繋がったことは、大きな意味を持つことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る