第25話「親友は今日もメンタルを削られる」

 浅見千彰がどうして穂村美都にそこまで執着したのか、当時の自分には上手く説明できなかった。

 ただ、出会ったばかりの美都から、授業参観に祖父母が来た時の自分が重なって、黙ってはいられなくなった。

 多忙な両親に代わって来てくれた2人を見た時、安心もしたし、嬉しくもあったが、「自分は周囲と違う」と言う恥じらいから、妙な罪悪感を感じた事を覚えている。彼女は、それすら味わう権利が与えられていない。

 だから、放っておけなかった。

 彼女を防衛隊に迎え入れると「やってはいけない事」を根気よく教え、「ルールや決まりを守った方が、結局得をする」と3年近くかけて伝えた。

 中学に入ると、他人の素行が目に入るようになり、祖父が折檻してでも自分に教えようとしたことが、とても大事なものだと、千彰自身も知る事になる。

 その時に気付いた。

 自分は、美都に「人間」を教える親としての立場を模倣することで、両親の存在が希薄な心の穴を埋めようとしたのだと。

 だから、「あたしたち、付き合っちゃおっか?」と、緊張で強張った顔の美都に告げられた時、一瞬躊躇した。

 自分の為に代償行為でやった事を、愛情と誤認させているだけではないか? それを知られたら失望されるのではないか? そんな恐怖に駆られた。

 結局「今拒絶して放り出すことは出来ない」と言う最低の理由で彼女を受け入れた。

 でも、学の言葉は、容赦なく先送りにしていた問題を抉りだした。

 大事にしていた4人の関係が狂いだしたのも、感じている閉塞感も、全て自分に与えられた罰なのではないかとすら思う。

 「恋人」なのか? 「娘」なのか?


 選択の瞬間は迫っていた。



◆◆◆◆◆



「美都、お疲れさま」


 放課後教室で呼び止めた千彰に、美都は「千彰、今日髪のセットいい加減にやったっしょ?」と半眼で苦言した。

 「そうかな?」と頭に手を当てる千彰に、「あー、ダメダメ」と櫛を取り出して、髪を透き始める。


「気を付けなよ? ガサツなキャラが付くと2軍落ちする事もあるんだから」

「うん、ごめんね」

「いいって。あたしも、もう千彰に守られるだけじゃないから。あたしのやり方で千彰を守ってあげる」


 突然に内面を吐露され、言葉を失う千彰に、美都は「よしっ!」と肩を叩いた。


(あれから、学と倫はどお?)


 肩に顔を寄せた美都に小声で尋ねられ、彼は同じく小声で「大丈夫」と返した。


(相変わらずやりたい放題やってるよ。倫ちゃんももう心配ないと思う)

(……そっち・・・は心配してないよ。もう!)


 何のことかと疑問符を浮かべる千彰に、再び肩をたたいて、「今日は委員会だっけ? 頑張ってね」と元気に送り出した。

 内申書は学内の自治活動も含まれるため、千彰は風紀委員に籍を置いている。

 と言っても、学園ものの漫画にある様に腕章下げて違反者を追いかけまわすわけでは無く、風紀の維持を周知する記事を新聞部に寄稿したり、ポスターを美術部に発注したりと割と地味な仕事だ。

 「風紀=規律にうるさい」と言うマイナスイメージもあって不人気な委員だが、それだけに真面目にこなせば教師の覚えも良いそうだ。


「美都は?」

「あたし、皆にカラオケ誘われた。なんか最近多いね」


 「ごめんね」と片目をつむる美都。

 そう言えば、最近ゆっくり話をしていない。


「美都、あのさ……」


 不安に駆られて、何を言おうとしたのか自分でも良く分からない。

 そして、それは「みさとー、行くよー」と言う声に遮られた。


「じゃ、後で!」


 教室を出てゆく美都の背中に抱いた不安は、きっと虫の知らせだったのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る