第23話「勇者は緊急会談を行う」
「まさか、地球帰還2日目にこんな大ごとになるなんてね」
苦笑するアリサに、学の方も「俺だって帰ったら腐るほど寝てやるつもりだったよ」と渋い顔を返した。
2日前まで毎日顔を合わせていた2人だったが、学と同じで出会った頃の姿に戻っていて、何だかとても懐かしさを感じる。
「まあまあ。それで、そのチンピラが使っていたのは、間違いなく学のポーションだったのかい?」
本題に切り込むアポロに、学は「魔力の残滓を見るに、間違いない」と首肯した。
3人の勇者が転移魔法で集まったのは、アポロの両親が経営する農場の一角だ。
隠密魔法で泥棒除けの警報装置を黙らせれば、人影は一切なく、電源が無いので盗聴も難しい。
地べたに腰を下ろすのはサーシェスでは普通だったが、制服を汚したら面倒臭いと、ポーチから敷物を取り出す。
「ただ、かなり高濃度に調整されてる。オリジナルはあくまで緊急用に身体能力をブーストするものだが、理性を失うような無理な強化はしない。あのDQNさんは原液を一気飲みさせられたようだな」
学が勇者として打ち出した方針は、「マジックアイテムによる軍隊の強化」だった。
これは、魔王軍相手に少数の勇者では手が回らないと言う合理的な理由と、「魔王討伐を全て丸投げされてはかなわない」と言う保身によるものだった。
学は激戦の合間をぬって1年以上を費やし、このポーションを開発した。悪用や魔王軍による鹵獲を避けるために一定期間使用しないと効力を失うように術式を組み込むなど、苦心の末完成させた自信作だ。
「なにしろ、今回使われた現物が無いから詳細な成分は不明。俺が作ったオリジナルもほとんど飲み切っちまったし、残ってる奴も2週間もすれば使用不能になるから安心っちゃ安心なんだが、もしレシピが解析されていて、レプリカが存在したら……」
「厄介ね」
3人は頭を抱える。人類連合の存在なしには魔王軍打倒は不可能だったので、今更ポーションに文句を言うわけにはいかないが、万全の対策を行ったうえでこの事態が起こってしまった事実に、少なからずショックを受けていた。
「ポーションは地球の材料で作れるの?」
アポロの質問には首を横に振るしかない。
そんな簡単に魔法の文物が作り出せるようなら、地球人もとっくに魔法が使用できているはずだ。
「そもそも、あっちの材料でももはや不可能だ。あのポーションは魔人山の黒曜石を細かく砕いて入れないと効果が無い。ポーションの大量生産の為に採りつくしたのは2人も知ってるだろ?」
試しに地球のガラスやら黒曜石やらで試してみたが、全く話にならなかった。
魔力と親和性のある素材でなければ、魔力を当てても魔法薬に変質しない。もしかしたら、地球に転用可能な素材があるかも知れないが、そもそも魔力の使い方を知らない地球人だけで製作は考えられない。
「サーシェスの誰かが関わっている?」
「そうだとして、どうやって? 世界の壁は勇者の力でも越えられないわ?」
アポロは少し考えて、「捕まえたチンピラは?」と確認を取るが、学はまたもやかぶりを振る。
「有力な証言は無し。直前に配られた試供品のドリンクを飲んだと言っていたから、混入した飲み物を渡したんだろう。俺と接触するように誘導を受けたと言うなら、恐らく何らかの魔法で暗示をかけたんだろうが、何とも言えん」
袋小路に入って、重い沈黙が深夜の農場を包む。
照明魔法に照らされた3人の影が、不安そうにゆらゆら揺れた。
「ま、いいわ」
切り替えるように手を叩いたのは、やはりリーダーのアリサだった。
「判断材料が無いのに考えてもしょうがないわ。まずは動きましょう。私とアポロは最近のニュースを全部さらってサーシェスが関わってそうな事件が無いか調べるわ。学は、大変で悪いけど、周辺の情報収集と警戒を」
「まあ、俺の街だから俺がやるのは当然だしな」
「オーケー」
この辺の呼吸は5年間ですっかり染みついていて慣れたものだ。
3人は、頷き合って「じゃ、また明日の夜ここで」と腰を上げる学に、アリサは「ちょっと待って」と制止してマジックポーチに手をやる。
「僕は席を外した方が良いね」
とアポロが立ち上がり、「ち、違うから!」と首を振るアリサ。
「何でお前が席を外すんだよ?」と首を傾げたら、盛大にため息を吐かれた。
「良かったねアリサ。地球に戻ってもこんな調子なら、しばらくは
アリサは、「黙ってなさい」とからかってくるアポロを睨みつけ、学に黒い革製品を手渡した。
手のひらより一回り大きいサイズの小型拳銃が入ったホルスターだ。
「〔ベレッタPx4ストーム〕のサブコンパクトタイプよ」
「サブ……何だって?」
「構造をそのままにして、ボディを切り詰めて小型化した拳銃の事よ。比較的新しいモデルだから、こんな小さいけど14発の弾丸が入るわ。弾は抜いてあるから、まず握ってみて」
一見無骨で握りにくそうな拳銃は、学の手にすっぽり収まった。
教えられるままに構えてみるが、小さいのに非常に扱いやすい。
「人間工学は日々進歩してるのよ。
「でも、今更拳銃なんか役に立つか?」
「私たちにはもう人類連合の支援は無いのよ? 学の魔力は無尽蔵だけど、今回みたいに魔法を使うと殺しちゃう相手と戦うには、結局これが良いわ。非殺傷用のプラスチック弾も用意したけど、これでも当たり所が悪いと死んじゃうから、気を付けて。アポロは自分の銃を持ってるって言うから用意しなかったけど、プラスチック弾は持ってきたから」
「僕にもかい? ありがとう」
「サンキュー。ありがたく貰っとくよ」
手渡された弾薬ケースをマジックポーチにしまい込み。ホルスターを腰に巻いてみる。日本では肩にかけるタイプが有名だが、渡されたのは腰に巻いてズボンの下に突っ込むタイプだ。
「手入れは教本を渡しておくけど、こまめにやって頂戴。撃ち方はあとで教えてあげるけど、練習もちゃんとね。学はレミントンのソードオフを撃ち慣れるからすぐコツを覚えると思う」
「レミントン? ああ、デバステイターの事ね」
「レミントンはレミントンでしょ? ショットガンの代表的メーカーよ? 学の使ってるM870は一時代を築いた伝説的なモデルで‥‥‥‥」
アリサの
学は早く機嫌を直してもらおうと、包みを2つ取り出した。
「
取り出したのは、広島名物もみじ饅頭だが、普通のそれではなく、割とレアものだ。
「こっちが宮島名物チーズもみじ。こっちは揚げもみじな」
もみじ饅頭は銘菓だが、バリエーションは様々で、好きな味を探すだけでも結構苦労する。
だが、「美味しいけど保存に難がある」と言う理由で広く売られていない物も存在するのだ。それがこの2つ。
生のチーズを入れたチーズもみじは、レンジでチンすると溶けたチーズの塩味と皮の甘さが病みつきになる味。揚げもみじもカリカリサクサクだ。どちらも県内でしか食べられず、チーズもみじに至っては宮島の老舗が販売するのみ。実際に足を運ばなければ食べられない、地元の味なのだ
アリサの父親は、同僚がカレーやラーメンなどのB級グルメにドはまりする中、日本の甘味に夢中になったらしい。呉基地勤務の海軍さんに限定もみじ饅頭を自慢され、絶対に食べてやると心に誓ったそうだが、その後すぐに本国勤務が決まって悔し涙を流したとか。
サーシェスでご当地自慢をした時、アリサがやけに食いついてきたので、よく覚えていたのだ。
「『留学生がお土産に持ってきた』とか適当な理由付けて渡してやれ」
「あ、ありがとう」
アリサは袋を大事そうに受け取ると胸に抱えて「その話をしたの、ずいぶん前じゃない。……たまにこういう事してくるから、タチ悪いのよ。こんなの憶えてるなんて……」などと、良く分からないことをぶつぶつ言ってる。
「アポロも、彼女にプレゼントしてやれよ」
「えっ、僕も?」
「アリサだって2人に渡しただろ? そう高いもんじゃない。気に入ったら今度宮島に連れてくよ。一回行けば転移できるしな」
アポロは「そっか、ありがと」と笑った。
彼は、実に人好きする笑顔で笑う。そのせいで向こうでも相当モテたが、どうやら婚約者以外恋愛対象とはみなされないらしい。
「でも悪いな。僕だけ何も用意してないや。そうだ、物は無いけど、代わりに僕の婚約者がいかに美しくて魅力的であるかと言う最新情報を‥‥‥‥」
ギッギッギッと、さびついた秒針のように2の首が回転する。
この話題はやばいのだ。温厚なアポロだが、婚約者が絡むと理性と常識のタガがぶっ飛ぶ。
(どうする?)
(これは放置したら、早朝コースね)
目配せで危機感を共有すると、学は機先を制してアポロの話題を封じにかかる。
「待て。その話はとても聞きたいが、今お前がすべきことは、婚約者にお土産を持ち帰って喜ばせてやる事じゃないか? 話はいつでもできるが、油が劣化して味が落ちた揚げもみじを、お前の大切な婚約者に食べさせるわけにはいかない!」
「そうよっ! 彼女の事を第一に考えてあげて!」
この切り口で説得したのは上策だったようだ。気を取り直したアポロは「それもそうだね。じゃあ早速彼女のところへ行ってくるよ」と転移魔法を発動させた。
残された2人もやれやれと息を吐き、明日からの面倒事に対処すべく、それぞれの母国へ戻っていった。
あとで、「お土産には保存魔法をかければいいだけなので、アポロがそれを言い出さず帰ったのはただ婚約者に会いたくなっただけでは?」と思い至り、どっと疲れを感じた。
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