第22話「蠢動」

 同時刻。

 オフィス街の商業ビルの一室で、2人の人物が公園を見下ろしていた。

 遠目の魔法・・はスカウトに必須の技術だが、遮蔽物の多い都市ではやや不便。だが、ドローンでの空撮は察知されるリスクがあり、結局2人はアタックを仕掛ける場所を、この位置から遮るものが無い公園に選んだ。


「あれが、〔破壊の勇者デストロイヤー〕ねぇ」


 制服姿の少女は、形の良い唇をゆがませてくっくっと笑った。

 小麦色の肌と美しい金髪は、往来ならさぞ目を引く事だろう。


「良いのかい? 〔毒蛇サーペント〕、あんなのが相手じゃ先制パンチにはならないだろ?」


 品の良い眼鏡の弦を摘まんで直しつつ、〔元帥マーシャル〕は問いかける。名前の通り「組織」での序列は最高位だが、特にうるさく指示を出す気はないようだ。先ほどの言葉も、叱責ではなく単純な質問だった。


「いいえ、十分な先制パンチよ」


 〔毒蛇〕の称号を持つ少女は、嘲る様に笑った。

 その対象は、「分かっていない」質問をぶつけてきた頭目ではなく、話題に上がった〔破壊の勇者〕である。


「考えてもみなさい。あのチンピラに飲ませた身体強化ポーションはもともと菅野学が作ったものよ? 『人々が魔王軍に立ち向かうため』なんてお題目で苦労して産み出したご自慢のお薬が、自分の国でばらまかれてチンケな犯罪に使われる。お高く止まったあの男の苦しみを考えたら、最高のショーよ」


 哄笑する少女の目に、言葉ほどの愉悦はなかった。

 学に吐きかける言葉が、呪いではなく悲鳴に感じられて、〔元帥〕は肩をすくめた。


「まあ、〔軍団バタリオン〕にポーションの現物を提供してくれたのは感謝するよ。おかげで計画は大きく前進する」


 返答は「あなたのお遊戯会に興味はないわ」と言う気の無い返事だった。


「私は、あの偽善者が大切な物を全て奪われて、絶望にのたうち回る姿を見たいだけ。あなたが作り理想なんてどうでもいいし、あいつを殺したらこんな世界・・からはおさらばよ」

「……まあ、彼がここで折れるようなら、それまでの人間だったと言う話だね」


 柔らかな口調こそ崩さなかったが、元帥の口調には有無を言わせないものがあった。

 菅野学へのスタンスは完全に食い違っていたが、2人とも特に気にするつもりはない。相手が欲するものを提供して、対価を頂戴するだけだ。


「さあ、宣戦布告は済んだし、次はご自慢の幼馴染を毒蛇の牙にかけてみましょうか。あいつはどんな顔をするかしら? 楽しみだわ」


 舌なめずりする毒蛇に、元帥は「結局、似た者同士か」と呟いたが、彼女はそれを無視した。


「薬は提供したのだから、約束通りあなたの兵隊を借りるわよ? 私が正体を明かすのはまだ早い。あいつが私の『本当の名前』を知ってた時、一番衝撃を受けるタイミングを選ぶ。だから、今は手足が必要」

「〔騎士ナイト〕から体がなまってたまらんとせっつかれているから、君の希望通り彼を連れてゆくといい」

「ありがと。でもあんな戦闘狂、よく使ってるわね?」

「ああいうタイプだから扱いやすいのさ。求めるものを与えている限り、裏切る事は無いしね」


 毒蛇は「ふーん」と曖昧な返事で応え、振り返って元帥に向き直る。


「ま、お互いの利益が合致しているうちは、仲良くしましょう。志賀武史・・・・さん」


 〔毒蛇〕の名を持つ少女は〔元帥〕と握手を交わすと、挨拶もなく転移魔法で退出してしまう。


「まったく、毒蛇というより、気まぐれな猫だね」


 〔元帥〕こと志賀武史、〔軍団〕首領は困ったように頭を掻くと、内線電話のスイッチを押した。


「ネフィル。悪いけど、仕事を頼みたい」


 内線の向こうから聞こえてくる『はい、マスター』と言う返事は機械的な声だったが、他のメンバーに接する時とは違い、志賀に接する時だけ、わずかな温かみを含んでいた。

 それを嬉しく思うのは、彼自身が勇者だった頃・・・・・・の未練だろうか?


「待っていてくれ香里、もうすぐ君からすべてを奪ったものを、みんな壊してしまうから」


 それは、誰に向けての言葉だろうか?

 彼自身のも分からなかった。

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