第20話「出戻り勇者、戦う(その1)」★

 千彰が美都と合流すると離席したので、倫も空手部を見学すると学校に戻っていった。

 母親の許可は貰えたのかと尋ねたら、「許可? 『宣言』ならしたけど?」と大変頼もしいお言葉を頂いた。

 学も今日は夕食当番なので、食材を買いに行くことにする。

 どうせだからとショッピングモールを見てまわり、食材と減っていた消耗品を買い込んで、膨れ上がったエコバッグを抱えて家路を歩き始めた時、事件は起こった。


「お二人さん。往来でいちゃついて楽しそうだな? 俺も混ぜてくんない?」


 近道に通った公園で、ベンチに座って談笑していた大学生のカップルに絡んでいたのは、金髪とあご髭の絵にかいたようなD・Q・Nさんである。

 見てくれはワイルド系だが、体型は全く引き締まっていないので、恐らく腕っぷしの方は大したことないだろう。ただ怖そうな格好をすれば相手が怯んでくれるからこんななりをしているだけだ。


(この場に倫が居なくてよかったな)


 心配の対象は倫ではなく、彼女のやりすぎによってぶっ飛ばされるDQNさんの方だが。

 観察してみると、良くある「こんな奴放っておいて俺と遊ぼうぜ?」的駄目なナンパではないようだ。

 恐らく、仲睦まじそうな2人が気に食わなかっただけだろう。

 迷惑な話だが、こう言った手合いはリアルでもネットでも転がっている。


「彼女さんの具合・・どうよ? 羨ましいなぁ。俺も使わせて・・・・くれない?」


 ゲスを通り越して痛々しい絡みに、眼鏡に坊ちゃん頭の気弱そうな彼氏さんは「あの、その、僕たちは、まだ……」などと馬鹿正直に答え、彼女はそれを失望の表情で見つめている。

 これがサーシェス人だったら、対応は違っただろう。

 日本人は闘争を行う機会が少なく、必要性も教えられていないから、緊急事態にこうなってしまう。外野からそう評価する学も、そのせいで召喚当初は大変だった。

 そして、この様な曖昧な対応こそ、クレーマーの承認欲求を満たす。相手はいやらしい笑いを浮かべ、ますます得意になって下品な言葉を吐き出し続ける。

 学は周囲に人が居ないのを確認し、スマホを取り出す。

 わざわざ自分が介入する必要は無い。日本の警察は優秀なのだ。


(俺はネット小説に良くいる出戻り勇者と同じ轍は踏まないぜ)


 完全に、フラグだった。

 何故か通話ができず、操作を思い出したばかりのスマホを必死にタップする。

 実は、和美に買い出しの連絡をした時に間違えて機内モードにしていたのだが、ブランク5年間のおかげで、解除方法をころっと忘れていた。

 スマホを買って貰った時はあんなに夢中で触り倒したのに、5年間触っていないだけでこれである。

 首をかしげながらタッチパネルを操作していると、こちらに標的を変更したDQN氏に「おいガキ、何してる?」と凄まれた。

 結局こうなるのか。


「どうぞ、お続けになってください。すぐ警察が来ますので」


 これで逃げ出してくれたら最高なのだが、案の定こちらを子供と見て「なめんじゃねぇぞ! ガキ!」と手を上げた。

 こんな時、この手の人間は計算が速い。ただ、速いだけで下した結論は最善からほど遠いが。

 学の対応は大したことではない。体をずらして拳をかわし、足を引っかけるだけだ。


「どうする? そろそろ警察来るよ?」


 無論そんなもの来はしないが、「高校生の小僧に脅されて撤退」より、「警官から逃れる」方が心理的ハードルが低い。今更そんなことを気にしてもと思うが、自尊心の保持はDQNさんにとって至上の命題なので、そう言うのは非常に大事である。ここら辺が落としどころと、お尻に帆をかけて逃走して頂ければWin-Winなのだ。

 さあ、捨て台詞カモン! と待っていた学は、何か様子がおかしい事に気付く。

 「ヒッ、ヒッ」と不気味な呼吸を繰り返しながら、起き上がろうと大地に突っ張った腕は、ありえない震え方をしていた。


(痙攣!? 薬物か?)


 これはいかんと、怯えながらこちらを窺っているカップルに呼び掛ける。

 日本の常識で言えば、この対応で問題なかった。しかし、次に起こったのは地球の常識・・・・・から外れていた。


「すみませんが救急……」


 対象から視線をそらしたのは完全に失敗だった。

 背中越しに莫大な魔力を感じて、学は反射的に横に飛び退く。

 轟音と共に見たものは、跳ね上がる土煙と、はじけ飛ぶアスファルトだった。

 公園の舗装を叩き割った、あご髭の男性は、猛獣のような血走った瞳で学を睨みつけ、撃ちだされた石弾の様な勢いで突進する。


(これは、身体強化魔法!? しかも……)


 辛うじて突撃を回避するが、一瞬だけ行動に迷いが出る。

 このまま相手を倒すことは可能だ。突進の勢いを利用して投げ飛ばし、頭からアスファルトに突っ込ませれば、魔法の加護があっても流石に止まるだろう。だが、相手の命は保証できない。

 ノーリスクで拘束するには、こちらも魔法を用いる必要があるが、出来損ないの勇者・・・・・・・・である学は、マジックアイテム無しに魔法を行使できない。

 装備一式をポーチから取り出さねばならないが、当然隙が出来る。

 学はすぐに決断した。暴漢よりも、被害者の方を優先すべきと。




 バーサーカーと化した男性は、カップルに向けて突撃する。

 彼女が頭を抱えてうずくまり、真っ青になった彼氏は茫然と立ち尽くす。

 バーサーカーは彼女の方に狙いを定める。アスファルトを素手で粉砕する膂力だ。うずくまったところで、突っ込んでくるトラックに身を固くしてやり過ごすようなものだ。


 だが、ポーチからアイテムを取り出すだけなら、目をつぶっていても間に合う。


(あんたに恨みはないが……)


 学は、覚悟を決めた。

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