第19話「『守る』って何だろう?」
放課後、学はまたもや昨日のバーガーショップに居た。
今日は代わってもらった夕食当番があるので、満腹になるわけにもいかず、手っ取り早い店で済ませることにした。
もっとも、粗食に慣れた学は全く問題を感じないが。
「学、ありがとう。倫ちゃん、色々ごめん。本当によかった」
「ええ、もう大丈夫。千彰にも心配かけてごめんなさい」
「学から聞いた。美都の事で色々言われて相談できなかったって。気付いてあげられなかったのは、友達失格だ」
「もういいから。私はまだまだ戦うし!」
色々言いたい事もあるだろうに、まずそれを口にした千彰に、強い安堵と罪悪感を感じた。
「俺も、昨日は頭に血が上って下らない事を言って悪かった。この通りだ」
そう言ってテーブルに両手をつく学に、千彰は何とも言えない顔をする。
素直に喜べないのは、2人が先ほどとった態度について話を聞かねばならないからだろう。
倫の復活を喜んでくれた千彰とやり合うのは心苦しいが、そんな彼だからこそ、不誠実な態度は取りたくない。それは倫も同じはずだ。
「で、さっきの話はどう言うことだい? 美都の状況は昨日話した筈だよね?」
意を決して千彰が切り出す。反射的に「ごめっ……」と言いかけた倫を遮って、「別に野球の話をしただけだが? お前もカープ、好きだろ?」とすっとぼけた態度をとる。学の気性を理解している千彰も、むっとしたらしい。言い返した言葉は彼らしくない強い口調だった。
「美都の家には、お金がない。両親は子供に手間をかける気が無いし、頑張って勉強して奨学金を取らないと高校も怪しかった。彼女の夢は大学を出ないと足かせになるのに、こんな事で……」
穂村美都は所謂「放置子」、ネグレクトされた子供だ。
世間では「かわいそうな子供」と言う文脈で語られるが、周囲の者たちは彼らを嫌う事が多い。
何故なら、親から「やってはいけない事」を教えられていないせいで、本能のままに振舞い、あちこちに迷惑をかける。愛情を知らないので、苦言といじめの区別がつかない。
彼らと向き合うのは、生半可な覚悟で出来る事ではない。
それを、小学生でしかない千彰はやったのだ。
何故そこまで拘ったか、学にも分からない。だけど、公園でうっかり落とした砂まみれのスナック菓子を口に入れる彼女を見てから、千彰は事あるごとに美都の世話を焼き、辛抱強く彼女に語りかける千彰を見て、学は本当に凄いのは彼みたいな奴だと思い知った。
早速学はネットで福祉関係の情報をかき集めて協力する。
倫は彼女が防衛隊の新戦力であると宣言し、和美は夕食を多めに作っては弁当箱に詰め、学にこっそり届けさせた。
今の彼女は当時の面影は無く、幸福そのものに見える。だが火種は常に燻っているし、千彰としては彼女が自活できるようになるまで守ってやりたいと必死なのだろう。
「で、その美都は? 俺もろくに挨拶してないし、一番倫に会いたいのはあいつだろうに」
痛いところを返されて、千彰は唇を噛む。
「本当は来るはずだった。でも、直前に加納からファミレスに誘われたって。一星が来るから、波風は立てられない。ごめんって」
「『波風』ねえ」
「一星」とは、市内に本社がある中堅企業の息子だ。河衷の事業は実質彼の実家が動かしており、発言力はかなりのものだと言う。
確かに、波風立てたくない気持ちは分からなくもない。
と言うか、後ろに居る望月辺りが、手をまわして食事の予定を突っ込んだのだろう。美都は千彰に対する「人質」と言うわけだ。
(そう言うところだけ狡いねぇ。俺が言うのも何だけど)
残念ながら、そっちの土俵は学も大得意である。
「加納が大声で言ったんだ。『野球で大騒ぎするなんてオヤジくさい』って。それに皆が同調して、美都は野球の話が出来なくなった」
千彰の説明を、学は興味なさげに「そんなところだろうな」と斬って捨てた。
「一番の友達とも自由に会えない。大好きなスポーツも応援できない。そんな腐った環境を守るのが、お前の『守る』なのか?」
ぐっと言葉に詰まる千彰に、学は追い打ちをかける。
「美都はお前にとって『恋人』なのか? 『娘』なのか? もし恋人なら一緒に戦ってやれ。娘なら際限なく助けず子離れしろ。お前のやり方は中途半端で、双方を不幸にする雑なくそ対応だ」
唇を噛む姿から、自覚はおぼろげにあったのだろうと僅かに安心する。
手厳しい様だが、共依存は麻薬だ。放置するとお互いの心を腐らせてゆく。
「……学。言い過ぎよ」
横から倫が窘める。
「学の言ってることは、きっと正しいわ。でも、美都を守ろうとする千彰の気持ちには寄り添いなさい」
「……んなもん、元からすげえ奴だと思ってるよ」
「なら、ちゃんと言葉にしなさい」
「確かにそうだ」と憮然とする学に、千彰が「ぷっ!」と噴出した。
何がおかしいのかと一瞬不審に思ったが、今のやり取りを思い返したら、子供の失言を叱る母親みたいなやりとりだ。自分がこんなんじゃ世話はない。
「言葉に配慮が足りなかった。お前が美都の世話を焼く姿は、マジで尊敬してる。それは嘘じゃない。だからこそ心配なんだ」
アリサやアポロがこのやり取りを見たら、さぞ面食らうだろう。
向こうでの学は過激な発言も行うが、ある程度制御されていて、感情に任せたの物言いで窘められる場面は少ない。
ただ、幼馴染3人と和美に対してだけは、この手続きをすっ飛ばす。それは親しさの表明であり、「お前らにはそんなことやらなくていい」と言う、彼流の分かりにくい甘え方なのだが。本人はそれを自覚していない。
「……少し、時間が欲しい。美都の事やクラスの事、もう一度ちゃんと考えてみるよ」
「おう、レギュラーメンバーの一時退場はチームものを盛り上げる重大要素だからな! お前が戦線復帰するまで、場を温めておくよ」
◆◆◆◆◆
「ヒーローの帰還と言えば、機面ライダー1号や4号、初代イエローレンジャーの帰還ね! バトルイーグルも帰ってきて欲しかったわ!」
「あれは俳優の都合だからなぁ。司令役のキシベさんは『帰ってこい!』って猛アピールしたそうだが……」
会話はヒーロー馬鹿2人によって明後日の方向に向かうが、久しぶりの雰囲気に千彰は「こんな安らぎを感じたのはいつ以来だろうか?」と真剣に考えた。
この場を守りたかったのに、自分の行動がそれを壊しかけたと言うなら、確かに学の言うように悪手の極みだ。
焦りは潮が引くように消えてゆき、美都の事を考える。
彼女は今、楽しいだろうか?
きっと楽しくない。親友を放り出して遊びに行って気にしない美都ではない。
ただひたすらに、彼女の声が聞きたくなった。
そして状況は、千彰の戦列復帰を待ってくれるほどの余裕はなかった。
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