第18話「ヒーローと勇者は先制パンチを食らわせる」
制服を着てリビングに降りてきた倫に、両親は大いに面食らった。彼女は素知らぬ顔で朝食を平らげると、欠伸を噛み殺しながら、「行ってきます!」と挨拶した。
「大丈夫なのか?」と遠慮がちに聞いてくる父に、答えは返さず「私、やっぱり空手部入るから」と一方的に宣言し、食器を流しに戻した。
「貴方、まだそんな……」と言いかける母を首を振って抑えた父が、「大丈夫なんだな?」と念を押す。
「ええ、ちょっと復讐戦に行ってくるだけだから」
物騒な言葉と共に、倫はリビングを飛び出してゆく。
◆◆◆◆◆
玄関を開いたとき、腕を組んだ電信柱に寄りかかっているカッコつけが、「助太刀は要るかい?」とドヤ顔で聞いてきた。
倫は面白くなさそうに頬を膨らませると、「学はダークヒーローからストーカーに鞍替えしたの?」と皮肉を言った。
「いや、マジで傷つくから止めて! 何となく、昨日の様子を見たらこうなるんじゃないかと思っただけだ」
やっぱりドヤ顔で知ってたぜアピールをする学に、倫はツンと顔を背けた。
「それより、昨日いきなり現れた説明がまだだけれど?」
学は「んー」と頭をかく。
元より、自分の境遇を隠す気はない。こいつを信用しないで誰を信用するんだと言う気持ちもある。
だが……。
「いずれ話す。まずは目の前の”敵”に集中しようや。ヒーローが戦いに集中できる様にコンディション管理するのも、協力者の役目だろ?」
基本倫はシングルタスクだ。爆発力は半端ないが、複数の事案を並列処理しながら捌くのは向いていない。
そこは、自分が補ってやるべきだろう。
彼女は少しだけ不満そうにするが、直ぐに気持ちを入れ替えた様だ。
「まあいいわ、ここから先は厳しい戦いになるわよ? 覚悟はできているかしら?」
「応ともさ!」
歩き出す倫の後を追って、学も歩き出す。
「学……ありがとう」
やっと聞こえるくらいの小声で呟く倫に、学はにやりと笑う。
「その代わり、俺がヘタレた時もちゃんとぶん殴ってくれよ?」
「ええ、飛び切りの一発をプレゼントするわ」
ずんずんと進む2人の呼吸は、昔のままだった。
さあ、これから戦いだ。絆を取り戻しに行こう。
◆◆◆◆◆
教室に入る2人を、早速好奇の目が出迎える。学は素早く教室を見回し、舌打ちした数名を脳内に記録した。
一歩踏み出そうとした倫の足が止まる。
露払いは任せろと、学はすっと息を吸う。
「おはよう諸君! 相変わらず窮屈なスクールライフを送ってるようだね。青春を無駄にするって、どんな気持ち?」
教室内の温度が氷点下に下がる。
「お前ら今楽しくないだろ?」と真正面から指摘するのは、カースト内で最も忌み嫌われる行為の一つ。即「空気の読めない」バッシングを受ける案件だ。
カーストを壊すのだから、2人にとって何の問題も無い訳だが。
「てめぇ……」
威圧する贄川の視線をスルーして、学は美都に笑いかける。
「よぉ、美都。今日の朝刊見たよな? やっぱカープの扱いを見ると、こっちに帰ってきたって実感するわ!」
美都はビクッと体を震わせて、「ちょっ、何言ってるのよ!」と抗議する。傍らの千彰が「学!」と強く窘めるが、それも笑顔でスルーする。
(悪いな、本人が救いを迷惑がっても、おせっかいでやっちゃうのが勇者なんでね)
言わずと知れた広島カープは、県民が愛する地域密着型の野球チームである。美都は実はディープなカープファンなのだ。2016年の優勝時は、徹夜で興奮した彼女の話をLINEで聞かされたのは良い思い出だ。
他県からの転入者が多い河衷では、広島市内の様な熱狂的なカープ熱は無い。この教室でも、熱っぽくカープ愛を語るのはタブーな様で、教室内ではおくびにも出さないようだが、そんなその場しのぎの生き残り策はどうせ長く続かない。壊させてもらう。
「いやぁ、新監督体制も楽しみだけど、やっぱり荒井さんが予言した大林の覚醒が……」
「……菅野君。そろそろ授業が始まるから、座ってくれないか?」
有無を言わさぬ口調で、静観していた望月静磨が告げる。
(おやおや、ボスのお出ました)
サッカー部のレギュラーで、クラスの中心的人物。穏やかな笑顔が似合う美男子で、いつも名前通り静かに笑っているが、贄川や加納を使って自分が気に食わない相手を追い詰めるやり方はリサーチ済みである。
どうせ言質を取らせないように「上手くやっている」のだろうが、学はいずれ矢面に立たせてやるつもりだ。
「おやおや? まだ5分以上あるのになぁ? まあ、1軍様が
いやらしい笑いを浮かべ、最後尾の席にどっかりと腰を下ろす。
陰に隠れて相手を動かそうとする人間には、「お前がそう言ったから従う」と明言してやるのが良い。相手も言質を取らせたわけでは無いが、否定しなかった事で表に引っ張り出す布石くらいにはなる。
倫に目配せすると、彼女は緊張気味に頷いて、周囲の生徒に「おはよう、今日からまたよろしく!」と笑顔で声をかけて回る。これだけで牽制と宣戦布告になる。「私は負けていない」と言う意思表示だからだ。
案の定、こちらの方が与しやすいと見たか、加納里桜が取り巻きを引き連れて、倫を囲む。
「『今日からまたよろしく』ねえ? すぐにママと御家が恋しくなるんじゃないの? まだヒーローごっこからさよなら出来ないみたいだし」
取り巻きがぎゃははと笑う。倫の顔が一瞬強張ったが、すぐに不敵な笑いに代わる。
加納の顔をまじまじと見つめ、感慨深げに告げた。
「貴方、ブスね。私の方が1000倍可愛いわ」
「なっ!」
加納はこめかみに青筋を浮かべ、取り巻き達の笑顔が引き攣る。
ついでに教室の隅で木本達が小さく噴出したのを、学は見逃さなかった。
全部学の入れ知恵である。人の好い倫は「そんな失礼なこと言えない」と最後まで嫌がったが、美都と千彰を救うためと言いくるめた。
クラスの女子は、多かれ少なかれ彼女の容姿に嫉妬を感じていると当たりを付けて、それを真正面から突いてみたのだ。
大方、おしゃれにお金をかけて気を使っている自分達が、ガサツな倫に負けるのが気に食わないと言う理屈だろうが、彼女の魅力はただ内面が顔に出ているだけ。既得権の中でぬくぬくとやっている人間にはそうそう身につかない。
ピンポイントで弱みを突かれた加納はキッと目じりを釣り上げて平手を掲げるが、「里桜ッ!」と珍しく声を荒げる望月の声で手を引っ込める。
(勘のよろしい事で)と、学は机にそれとなく置いたスマホの録画機能をオフにする。上手く「暴行」の様子を収めさせてくれれば、良いカードになったのだが。いじめの証拠は本人が撮らないと証拠能力を持たないと言う謎法律があるが、与える心証はまた別だし、傍証くらいにはなる。
クラスの何名かが堪えきれずクスクスとやり始め、贄川に睨みつけられて口をつぐむ。
まあ、先制パンチとしてはこんなところだろう。
昨日からフラストレーションを溜めていたおかげで、学のテンションは最高潮だ。
すまし顔でスマホを弄りながら、「FOO! 気持ちいい!」と言う感慨を抑えきれなかった。
「自分はそんなだからサーシェスで嫌われたんだな」と言う自覚も新たにしつつ。
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