第17話「ヒーローは原点に立ち返る」

(私は最高にかっこいいヒーロー、か)


 湯船に顔を半分沈め、ぶくぶくと空気を出しながら心で呟いた。

 学と一緒に遊ぶのは楽しかった。彼は自分の好きな物を頭から否定したりしない。だからと言って唯々諾々と倫に従うわけでは無く、いつも耳が痛い様な苦言も言ってくれた。

 やたらと不必要な搦め手に拘るのは姑息っぽくてどうかと思っていたが、きっと彼のコンプレックスなんだろうなと最近気づいた。

 だけど、こんなにストレートに敬意を伝えられるとは思っていなかった。


(私は、もうヒーローになってたんだ……)


 全て失ったと思っていた。

 何もかも駄目になって、何も成し遂げられないと思っていた。

 だけど、大事なものはちゃんと胸の中にあって、自分はもう多くの事を成し遂げていたんだ。


 なんで、絶望なんてしちゃったんだろう。

 美都について脅させたことも、ちゃんと2人に相談して、皆で戦うべきだった。

 変にカッコつけずに、遠方の学に頼ればよかった。

 なんで、一人で戦おうとしたんだろう。


(……よし!)


 倫は湯船から上がると、タオルをひっつかみ、体をふきながらガニ股で部屋に戻る。

 本棚に掛けたカーテンに手をかけると、一気に引きはがした。


「ごめんね。暫く放っておいて」


 小声で謝罪して、棚に収まったDVDを物色する。

 お気に入りを何本か引き抜いて、机にポーダブルプレイヤーをセットする。

 生唾を飲み込んで、起動ボタンを押した。





 久しぶりに見るヒーロー達は、子供の頃憧れた姿と同じで、ひたすら眩しかった。

 ある青年は、世界征服の先兵として拉致され、異形の力を与えられた。彼は人間であることと決別し、それでも人間の幸せの為に組織に戦いを挑んだ。

 ある異星人は、たまたま力を貸した青年の命と友情を守る為、母性への帰還を拒み、地球に留まって戦い続けた。

 ある少年は、戦火で家族を目の前で焼かれても決して絶望せず、父の言葉を胸に激動の時代を笑顔で生き抜き、人々を励まし続けた。

 ある冒険家は、亜人たちに父を惨殺された少女の姿を瞳に焼き付け、忌み嫌う暴力を使ってでも人々の笑顔を守ろうと誓った。


 皆かっこよかった。涙が出るほどにかっこよかった。


 分かっていた筈だ。彼らのかっこよさは、自分が憧れた眩しさは、強さなんて上っ面のものでは無かったのだ。

 ただ、切実に人の幸福を願う真摯さと、それを実現する為に身を削って戦うストイックな生き様。狂おしいほど憧れたのは、強いから、負けないからなんかじゃなかった。

 自分は、何て小さな人間だったのだろう。


(そうね、負けっぱなしは、確かに性に合わないわ)


 積み上げられたDVDを消化する度、不思議と闘志が湧いてきた。

 今日は、長い夜になりそうだ。

 倫は、真っ赤になった目を擦りながら、食い入るようにディスプレイを見つめ続けた。

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