第15話「ヒーローなんていないけど(その1)」

 嫌われたかな。

 香川倫は、寝間着のまま布団を被って、これが何度目になるか分からないため息を吐いた。

 学が来てくれたことは、凄く嬉しかった。

 彼がこの町に戻ってくると報告された時から、ずっと苦しい日々だった。

 彼に全てをぶちまけて縋りたい衝動と、今の自分を見て失望されたくない虚勢。そして、会にすら来てくれないのではと言う恐怖で頭がパンクしそうだった。

 だから、チャイムが鳴った時も窓に張り付いて彼の姿を見た。

 髪の毛を変な色に染めていたが、4年ぶりの彼は彼のままだった。

 もし、もっと違う姿だったら、素直に会う気になったかも知れない。だが、学は学のままなのに自分は負けて逃げ帰った引きこもり。その事実を直視したくなくて、取り次いだ母親に「会いたくない」と答えてしまった。ゆっくり閉まってゆくドアを見つめて、死ぬほど公開した。

 もう彼は来てくれないかも知れない。千彰と美都の様に。



◆◆◆◆◆



「学校に行きたくない」


 そう思った事に、何かきっかけがあった訳では無い。

 ただ、ハンガーにかけた制服に手を伸ばすと頭痛を感じるようになった。最初は、ちょっと休んで心の力が戻ったらまた頑張るつもりだったし、千彰も美都も足しげく通ってくれた。

 2週間前、美都から電話だと、母が子機を持ってきた。

 今思えば、携帯にかけてこない時点で警戒すべきだったのだ。美都を名乗ってかけてきたのは、同じクラスの嘉納里桜。休み時間の度、大声でクラスメイト達と倫を笑いものにし、引きこもるきっかけを作った女子だった。


「美都ってさー。『放置子』ってやつなんだって? 補導歴あるんでしょ? バレたら困るだろうなぁ」


 けらけらと笑う声に、倫は受話器を取り落した。

 翌日から、倫は訪ねてくる2人に会うのを止めた。




 「消えたい」と思った。

 「死にたい」ではない。「消えたい」だ。

 死ねば皆に迷惑がかかるけど、きれいさっぱり消えてしまって、何もかも無くなればただ楽になれる。

 あれだけ好きだったヒーロー達も、自分の不甲斐なさを責めている様で、コレクションの棚を見るのが苦痛なり、カーテンをかけた。

 もう、自分には何もない。香川倫は空っぽで、もう皆と町を駆け回った防衛隊の彼女は居ない。


 なぁんだ。


 倫は思う。どの道学に合わせる顔なんかない。どうせ駄目なんだ。

 そう思ったら少しだけ楽になった。


(……お風呂、入ろう)


 既に入浴は楽しくも何とも無くなっていたが、臭かったり、不潔だったりするのは嫌なのだ。

 緩慢な動きでパジャマを放った時、部屋が金色の光に包まれた。


「ようヒーロー! 苦戦してる様だから、助太刀・・・に来たぜ!」

「……に」

「に?」


 現れた幼馴染は、予想しなかった反応に首を傾げ、硬直した倫が身に着けている下着に赤面して回れ右した。

 よりにもよって、付けていたのは美都に買わされたよそ行きのフリルが付いた奴だった。

 洗濯するのが億劫になって、どうせ外になんて出ないからと無精して引っ張り出したのが運の尽きだった


「すっ! 済まんっ!」

「にゃああああああああ!」


 勢いよく回転しつつ吹き飛ばされる学を、倫は涙目で見つめる。

 正拳ではなく、平手打ちだったのがせめてもの温情だった。

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