第11話「そもそも、スクールカーストって何だ?(その1)」

 河衷中央図書館。新設の商業ビルをワンフロア貸切って作られた、真新しい図書館である。

 以前は無かったので、初めて訪れたが、あまりの立派さに財政は大丈夫なのかと不安になる。サーシェスでドロドロの政治劇を目の当たりにしてから、立派な公共施設を見て喜べなくなったのは良い事なのか悪い事なのか。


「教育関係の書籍は何処ですか?」

「右奥にございますB3の棚です」

「ありがとう」


 適当に関連書籍を棚から引っこ抜いてペラペラとページをめくる。

 向こうでも散々調べものはやったが、とりあえずは広く浅くで構わない。いきなり専門書を読むより、解説書を何冊かつまみ食いして、深めたいところだけテーマに沿った書籍を熟読するのが学のスタイルだ。その方が、著者の主観によるバイアスに振り回されにくい。

 何冊か流し読みして、首を傾げた。

 どれも踏み込んだ内容ばかりで、入門書が無い。

 しょうがないからまた受付を頼ろうと一旦本を棚に戻していると、「何か探してしているのかい?」と声をかけられた。

 目線を移すと、長身の青年がこちらに笑いかけていた。ポケット付きの単色シャツにスキニーのチノパンと言うラフな服装だが、肩にかけているリュックはどっしりと重そうで、恐らく中身は書籍だろう。勉強目的の大学生だろうか?

 遊んでいる感じはしないが、極端なガリ勉のイメージも無い。ありていに言うなら「インテリ」と言ったところか。


「いや、スクールカーストについて調べてたんですが、専門書ばっかりで入門書が見当たらないなと」


 学生さんは、「ああ、そういう事か」と眼鏡越しの両目を細めた。どうやら、普通に親切で言ってくれているらしいと、警戒心を緩める。


「この図書館は、新書や文庫の棚が別にあるから、入門書はそっちだね」


 ああそうか、と学。

 サーシェスでは本は基本ハンドメイドで、規格品は聖典やら人気作やらのベストセラーのみだが、そういった物すら写本が写本を生むので、結局規格統一などお題目だけの制度と化していた。

 お陰で「文庫や新書を別の棚に置く」と言う発想が出てこなかった。


「さっきから見てたけど、かなり調べ慣れてる感じなのに新書の棚に気付かないなんて、面白いなぁ。外国暮らしでもしてたのかい?」


 どう答えようか一瞬迷ったが、「先週こっちへ引っ越して来たんです」とだけ返した。別に嘘はついていない。


「そうか、今は5月だものね。高校生も大変だなあ」

「え? 5月だと何で大変なんですか?」


 学生は会話が噛み合っていない事に気付き、人懐っこい表情で付け加えた。


「あ、ごめんごめん。スクールカーストって言うのはね。入学から1か月位で出来上がって固定されるんだ。だから、何かカーストで問題が起きて情報収集に来たのかと勝手に判断してたよ」


 なるほど、それは初耳だった。

 つまり、あんなクラスでも先月まではある程度流動性があって、学はそれが失われてから転校してきて洗礼を受けたと言う事か。

 面倒くさい話ではあるが。


「いえ、図星です。ひょっとして、お詳しいんですか?」

「うん、僕は呉大くれだいの教育学部で、スクールカーストが研究テーマなんだ。ここの図書館は新設で使いやすいし、資料も多いから、ちょっとした穴場なのさ」


 最寄りの大都市である呉市は、電車かバスで15分程度なので、確かにちょっと遊びに行くのには最適な距離である。

 よく向こうのデパートに連れて行って貰ったが、向こうからこちらに来る需要があるのは初めて知った。


「大まかな概要なら、教えてあげようか? 教える事も勉強になるし」


 学は少しだけ考えたが、結局はお願いする事にした。

 あれこれ調べる時間が短縮できるのはありがたいし、学生の打てば響く話しやすさに好感を持ったのもある。


「良かったら、お願いできますか? お礼にお茶でも奢ります。俺、菅野学です」


 学生さんは「ははっ」と笑って「高校生にそういう気遣いは早いよ。心配しなくていいから、館内のカフェへ行こうか」と丁重に断ってから、自己紹介する。


「僕は志賀武史。出身は広島市内だけど、今は大学の寮に下宿してる。まあ、変わり者だよ」

「えー? 本当はモテるんでしょう? イケメンだし、頭良さそうだし」


 割と本気で言ったのだが、「お世辞は良いよ」と一笑に付された。

 ひょっとしたら、ものすごくいい人なのかもしれない。

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