第10話「勇者は拗らせすぎて妹に説教される」

 取次ぎを頼んだ倫の母親は「会いたくないと言ってます。せっかく来てくれたのに、ごめんなさい」と疲れ切った顔で言った。

 転移魔法を使えば、強行突入は可能だ。だが、「まだ情報が足りない」と踵を返した。

 分かっている。情報なんて本人に聞けば良い。そんなまどろっこしい対応をする仲では無かった。

 本当は怖いのだ。拒絶されるのが。グロテスクに変わってしまった思い出と向き合うのが。



◆◆◆◆◆



 とりあえず、「カースト」とやらを調べてみようと、スマホを取り出すと、和美からの着信が何件も来ていた。

 倫の事を報告するのは気が重かったが、後回しにして良い問題ではない。


「千彰君がね。『学に酷い事を言ってしまった』って電話してきた。自分にはもう謝る資格がないから、おにぃの話を聞いてあげてって」

「……そうか」


 「酷い事言ったのは俺の方なのにな」と苦笑してしまった。

 千彰が気を回すのが上手いのは、昔からの美点だ。

 深く考えすぎてドツボにハマる事も多かったが、そうなった時に絡まった糸を断ち切るのが倫で、断ち切った糸を繋ぎなおすのが学の役割だった。


「事情は全部聞いたけど、おにぃ、私ちょっと怒ってるよ?」

「え?」


 妹の怒りが、自分の方に向いているのは全くの予想外だった。

 人見知りだったあの頃から、和美は決めた事は絶対曲げない所がある。今では普段はにこにことやり過ごすが、一度言うと決めた事は誰に対してもはっきり言う。


「昨日の夜に何があったか知らないけど、ちょっと拗らせすぎじゃない? おにぃは他の事ならともかく、倫ちゃん達に対してはもっと愚直で一本気だった。何で望んだ答えが返ってこないからって、すぐ拗ねちゃうわけ? いつものおにぃなら『お前はそんな奴じゃない』ってきもいくらい食い下がったよね?」


 和美の言葉に、学は笑った。

 自分の滑稽さを笑い、幼稚な臆病さを嗤った。

 その通りだ。魔王軍との戦いで地獄を見て、「人間」を知った気になっていた。それでも信じ抜く覚悟を決めたつもりでいた。

 それなのに、信じると決めた芯の部分を、それを与えてくれた3人を信じないで何を信じると言うのだ。

 散々裏切られても信じ続けたのは、あいつらが居てくれたからなのに。

 確かに拗らせすぎ。確かに怒られて当然。こんな滑稽な事は無い。


「ありがとな和美。お前は最高の妹だわ」

「そんな見え透いたお世辞言うより、やる事は分かってるよね? 夕食当番は変わったげる。今日できる事をやり切るまで、家には入れないからそのつもりでいるように」

「K・I・G!」


 学は昔の符丁で回答すると、電話を切った。

 KIG。「AWAUCHI DIFENSE FORCE S REEN」つまり「防衛隊はいつでも準備完了であります!」という意味だ。




 時間を確認すると、まだぎりぎり図書館が開いていた。

 可能な限り情報収集をしてから、転移魔法で倫の部屋に突入してやる。全てが破綻する可能性は確かにある。でも、指を咥えて見ていても、どうせ全て駄目になる。

 それに、先ほど千彰に取った態度が最悪のダブスタになってしまう。

 学は敵対者をペテンにかけるのには何とも思わないが、そう言うのは大いに気にするのだ。

 走りだそうとして、足を止める。

 もう一度スマホを取り出すと、まだ操作の感覚が戻らない指で、千彰にメールを打つ。


『さっきは勝手な事を言って悪かった。後は任せておけ。ここからは勇者の仕事。朗報を待て』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る