第9話「スクールカーストの洗礼(その4)」

「今度こそ、ちゃんと話してくれるんだろうな?」


 繁華街のバーガーショップに陣取って、気まずそうな千彰を問い詰める。ハンバーガーは地球に帰って食べるのを楽しみにしていた一つだったが、味わう余裕など皆無である。

 学は自分の感情コントロールが上手いとは思っていない。必要とあれば、サーシェスで培った精神力で抑え込むが、今回ばかりはその気すら起きなかった。

 千彰は「さっきは悪かった」と前置きして、重い口を開いた。


「倫は、中学時代から無視されたり悪口を言われることが多くなって。先月の半ばから、学校に来てない」


 安全弁を失った感情が、一気に沸騰した。空になった紙コップをぐしゃりと握りつぶす。


「……何で教えてくれなかった?」

「倫が言ったんだよ。学だけには知られたくないって。倫は、学の前ではかっこつけたがったから……」

「それを馬鹿正直に守ったのか?」

「じゃあ、知ったところで何が出来るのさ? 遠く離れた場所で、『虐められてる』とだけ伝えられて、何か出来る事はある?」


 ぐっと歯を噛み締める。

 そうだ。「昨日」までの自分が、無力な高校生である事をすっかり忘れていた。

 確かに教えてもらったところで、出来ることは少なかったかも知れない。でも……。


「だけど、味方は居たんだろ?」


 学校のいじめは、大抵は本人が確固たる意志を持ってなりふり構わず対応すれば打破できる程度のものだ。

 だが、その「確固たる意志」が一番難しい。最低のヒエラルキーで存在を否定され続けた人間は、その位置に甘んじてしまう。自分で自分を洗脳してしまうのだ。これは人間だけでなく、動物の本能だ。

 結局、周りに洗脳を解いてくれる味方がいるかどうかで勝負は決まる。千彰と美都は得難い「味方」である筈だった。


「僕も美都も、毎日倫の家に行ったよ。でも、会ってくれなくなった」

「だけど、やりようはあるだろ? LINEのログなり陰口の録音なり使えば、暴力が無かったとしても……」

「……そんなこと、出来ないよ」


 力なく笑う親友に、「こいつ、本当に千彰か?」と思ったのは今日で何度目だろう。

 そこには、美都を救う為警察署に怒鳴り込んで啖呵を切った、あの浅見千彰の面影は無かった。


「……美都の家庭だって事情があるんだ。カーストが下がって教師の評価が下がったら奨学生になれないかも知れない。夢を叶えることが出来なくなる。それに、僕は美都が次の標的にされる様な事は出来ない」

「カーストカーストって、スクールカーストがそんな大事なもんなのかよ!?」

「僕も嫌だよ! でも、どうしようもないじゃないか!」

「……それは、美都の意思でもあるのか?」


 吐き出した声は、自分でも驚くほど怒気をはらんでいた。

 千彰は、苦しそうに頷く。


「……そうか」


 学は、全てが醒めて行く感覚に捉われた。

 あれだけ地獄を見て、それでも夢見た故郷への帰還でこんな思いをするとは予想だにしなかった。

 いっそ、サーシェスに居座って次代の魔王にでもなっていれば良かったかも知れない。


「時間を取らせて済まなかった」


 食べかけのバーガーを包装に包み直し、リュックに仕舞った。

 食欲など吹き飛んでいたが、異世界暮らしで食べ物を捨てる事への嫌悪感を刻み込まれているので、後で無理やりにでも押し込むつもりだ。


「贄川とか言ったっけ? あいつの言う通りだ。俺たちは確かに親友だったな」

「学……」

「倫の家に行ってくるから、これで失礼するわ」


 リュックを肩にかけて、席を後にした。

 残された千彰の顔は、きっと酷いものだと思うし、その原因を作ったのは学だ。

 それでも、振り返る気にはならなかった。

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