第7話「スクールカーストの洗礼(その2)」

「拙者、木本雄太郎と言うでござる。こちらは同志の横田氏と立元氏。以後よろしくお願いしまずぞ。デュフフフ」


 テンプレを通り過ぎて「居ねえだろ、そんなオタク」と言う自己紹介に、結婚式で「3つの袋」の長話で嫌われるご年配の出席者を見た様な、いたたまれない気持ちになった。

 見れば、傍らの2人はともかく、木本と言うリーダー? は別に顔が悪いわけでも、清潔感が無いわけでもない。何かのドッキリかと怪訝そうに見つめていたら、「いやあ、ごめんごめん」と普通の笑顔で返された。イケボだった。


「身内でこのしゃべり方してると、ウケるからつい、ね」


 そう言いながら、瓶底眼鏡をブレザーのポケットに仕舞う。

 訂正。顔は悪くないのではなく、結構な良い男だ。横の二人と比べ、髪型も制服の着こなしも気を使っている。たまに見かける、モテるくせに好きでオタクやっている傾奇者系イケメンだ。


「普通に振舞ってると、『一軍』がうるさいからさ。こっちは好きでオタクやってるんだから、放っておいて欲しいよね」

「流石木本氏、リア充道に見切りを付けるオタク魂、感服しましたぞ!」

「オタクの鏡なんだな!」


 どうやらこっちの丸い方(横田)とひょろ長い方(立元)はガチの方らしい。

 要するに、学を勧誘したいと言う事だろう。


「いや、俺、ラノベとかは好きだけど、やっぱりリアルで恋愛したいって言うか……」


 引き気味に後ずさると、木本はすちゃっと瓶底眼鏡を引き抜いて装着する。どうやら伊達眼鏡らしい。


「ふっふっふ。拙者の目はごまかせませんぞ! 菅野氏が襟に着けておられるピンバッジ、『新造人間デバスター』のエンブレムですな?」

「なっ!」


 後ずさる学に、3人はずずいっと距離を詰めてくる。

 「な、何の事かな?」と視線を逸らすが、例のデュフフ笑いをにじませて、逃げ道を塞いでゆく


「脚本の野乃頭氏は稀有な才能の持ち主ながら、使いこなせるプロデューサーがおらず、名作に恵まれない悲運のクリエイター。しかし、『デバスター』はマイナーながら、氏の個性と作品のコンセプトが噛み合い、カルトな人気を誇っておりますぞ! 確か、決め台詞は『秩序が幸福を奪うなら……』」

「『俺はそれを破壊するッ!』」


 飛び出した大好きな台詞に、「あ……」と口を塞ぐが、もう遅い、木本はドヤ顔でジャッジを下した。


「菅野氏、もう楽になるですぞ。貴殿は確かに女性二次元より三次元の方が好きかも知れない。しかし、菅野氏、貴方は『ヒーローオタク』だ! 全ての証拠がそれを物語っているッ!」


 びしっと指を突き出す木本。

 崩れ落ちた学は、「ああ、そうさ!」と絞り出すように吐き出した。

 倫の影響で、学はすっかりヒーロー物にハマっていた。特撮にアメコミにロボットアニメ。ヒーローが出ている物なら目につく作品は片っ端から手を出した。何しろ今は安い動画配信サービスでも過去の名作はそれなりに見れるし、オンラインレンタルも豊富。異世界に行くまでの小遣いはラノベを除いてそれに消えていた。


「俺はヒーローマニアさ! 『機面ライダー』も『スペシャルマン』も全作レンタルした! ダットマンも新作を劇場でチェックしてる! 『デバスター』はお年玉貯めて買ったDVDを擦り切れる程見たし台詞も全部覚えてる! 隠すつもりは無かったんだ! ただ、自己紹介でいきなりそんな事を言うのは流石にやばいかと……」

「誰しも初めはそう思うでござる。そしてやがてオタに生まれた事を感謝する様になるでござる」

「その苦痛は覚悟が足りない為なんだな。カミングアウトが済み、欲望のままに動くようになれば、君は完璧なオタサーの一員になれるんだな」

「その台詞、やばくね?」


 悪の科学者宜しく、「ふっふっふ」と含み笑いする3人。

 蛇に睨まれたバッタの様に、学はピクリとも動けない。


「菅野氏! デバスターはカッコいいヒーローですぞ! 彼がやっている事は一見テロ行為。しかし、それは人々を束縛するセントラルコンピューターによる支配体制を打破せんがため。そして、救い出した人々に問いかけるのでずぞ『お前たちは自分の意思で生きて行く覚悟はあるか?』と」

「そ、そうなんだ! デバスターは初めは恋人が殺された怒りで戦うけど、それは人々の幸せを願っての行動に変わってゆくんだ! それが感動的なんだ!」

「分かりますぞ! 分かりますぞ!」

「ハッピーバースデー、菅野学氏なんだな!」


 廊下で男が4人、手を取り合って特撮ドラマについて語らう光景は異様なのは自覚していたが、何しろ異世界での5年間どころか、今までも倫以外の理解者はおらず、同好の士を得たせいで安全弁がぶっ飛んでいた。

 いつの間にか「娯楽映像同好会」とやらの入会届にサインしている始末。何か凄い既視感である。

 確かに最初は引いたけど、「こういうちょっとアレな高校生活を描いた漫画もあったよな?」なんてことを考えた。

 その直後に冷や水をぶっかけられるまで。

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