第5話「再会した幼馴染がよそよそしい件」

 結局、髪の件は「朝起きたらこうなっていた」と言う力技で通した。別に嘘は言ってないし。

 和美は「今日初日だけど、髪は染めなくて良いの?」と聞いてくる。


「別にいいよ。金も勿体ないし。それより、倫たちによろしく伝えとくから、今度皆で会おうぜ」


 とぶっきらぼうに返す学に、和美は首を傾げる。


「おにぃ? なんか、感じ変わった?」

「だから、朝起きたら髪が……」

「そうじゃなくて、なんか今日のおにぃは屈折したって言うか……」


 怪訝そうに見つめる妹に「色々あったからなぁ」と内心で苦笑する。何しろ、死ぬ思いを何度もしたら人生観が変わらない方がおかしい。


「まあ、いいじゃんか。俺は俺だよ」

「ぷっ、『俺は俺』来ましたー!」

「だから! すぐそっちに繋げんなっ!」



◆◆◆◆◆



 五年ぶりの兄妹喧嘩を終わらせて、4年ぶり、もとい、異世界サーシェスでの生活を入れると9年ぶりの故郷を歩く。

 学が小さい頃、ここ河衷かわうち町は、瀬戸内海によくあるひなびた漁港だった。昔は四国松山行きのフェリーで賑わったらしいが、御多分に漏れず物流を飛行機や高速道路に持って行かれ、人口流出と仕事不足に苦しんでいた。

 学の父も拠点廃止による転勤を仰せつかり、学は泣く泣く竹馬の友と離れる羽目になった。

 潮目が変わったのは数年前。市長が町おこしにと、広島市の商社と組んで始めた事業が、経産省の目に留まり、税金が流れ込んで街の人口は一気に増えた。

 お陰で父が務める河衷営業所が復活し、こちらの高校に通う事が決まったのが半年、いや5年と半年前。

 転校前日、再会の期待に胸を膨らませて眠りについたら、起きた時に自称女神が居て、他の199人と共に魔王を倒してこいと言われ、異世界に放り出された。


(アリサとアポロに拾われなかったら死んでたな)


 農具を持った村人に取り囲まれて「勇者なら戦ってこい」などと言われた時はもうダメかと思った。

 まあ、きっちり魔王を倒して来たのだ。堂々と3人の幼馴染に「俺は凄い奴なんだぜ?」と中二臭い宣言をしてやろう。普通ならドン引きだが、彼等なら大丈夫だろう。

 興絆こうはん高校は、海側の繁華街に隣接している。それなりに歴史がある名門校で、偏差値はそこそこ、文武両道で自由な校風が売りだとか。急な転校だったので3日(+5年)前に見学に行ったときの受け売りだが。

 深呼吸して、潮の香りを吸い込む。

 瀬戸内の海は良い。

 あっちでは世界中を旅したが、やっぱりこの光景が一番しっくりくる。

 エメラルドグリーンなんて洒落たものじゃない。深い青色で、浜辺も岩でゴツゴツしていて、海水浴にも向かない。

 でもいつでも自分たちを受け入れてくれた懐の深い、故郷の海だ。

 夏になったら、久しぶりに海水浴も良いかも知れない。千彰はまだカナヅチだろうか? いや、どうせ倫の事だから、「特訓よ!」とか言って泳ぎを覚えるまで付き合い続けるだろう。美都も何だかんだと言いながら、最後まで付き合うだろう。

 海水浴に行くなら、アリサとアポロも呼べばいい。皆にどんな関係か問い詰められたら、言い訳に苦労するだろうが。

 とりとめのない事を考えながら、学は歩を進めた。



◆◆◆◆◆



 懐かしい顔が校門で待っていて、学は顔を綻ばせた。


「よう! 千彰!」

「やあ、久しぶり!」


 にっこりえくぼを浮かべたのは浅見千彰、三人の幼馴染の一人。容姿は中性的、と言うより男装の麗人にしか見えない。髪型を工夫すればどうとでもなると思うのだが、中学に入って付き合い始めた穂村美都の趣味で彼女曰く「可愛い系」の髪型にしている。一見なよなよしている様だが、学は自分の代わりに異世界に飛ばされたとしてもやって行ける根性があると確信していた。

 おまけに成績は県内でも上位で人柄も温厚。志望大学は模試で既にA判定。美都と2人、周囲に人が集まってモテモテらしい。


「学、『そういうの』まだ続けてたんだ……」


 竹馬の友に何とも言えない顔で苦笑され、反射的に前髪を隠す。


「違うんだって! これは事情があって」

「左目に封印した破壊神が目覚めたとか、そう言う事情? 確か眼帯を取ると片翼だけ黒い翼が出るんだよね? メールで色々と『設定』を送って貰ったけど……」

「やめて! 黒歴史掘り起こすのやめて!」


 もだえる学に、くすくすと笑う千彰。


「でも、先生に事情を言って染め直してきた方が良いよ? 向こうはどうか知らないけど、うちは結構閉鎖的だから」


 千彰は真顔に戻って忠告する。「向こう」と聞いて一瞬どきりとするが、転校前の話だと思い至って胸を撫でおろす。


「まあ、初日で遅刻は嫌だから明日で良いよ。それより、倫と美都は? 倫の奴、何かに夢中になるとメールの返事が雑になるから、あんまり近況とか聞けなかったし」


 和やかな雰囲気が一転し、千彰の笑顔が陰る。彼がこんな顔をするのは、大変な事があった時、皆で美都を助けて以来だ。


「何があった?」


 前置き無しで率直に聞く。千彰が浮かべた愛想笑いに、一瞬異世界から追ってきたデーモンか何かが千彰に化けているのではないかと錯覚した。それだけ違和感のある、遠い笑顔だった。


「後で話すよ。それより、職員室に挨拶に行かないと……」

「そんなもんどうでも良い。何があった?」


 質問を繰り返す学に、千彰は一瞬だけ唇を噛み締め「そう言う訳にはいかないだろ。僕らはもう、子供じゃないんだ」と踵を返した。


 今朝、自分に変わったと言った妹は、こんな気持ちだったのだろうか?

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