第2話「勇者たちは地球に帰還する」

 宴は夜明けまで続いた。

 サーシェス世界の総人口を4分の1も死に至らしめた魔王軍による惨禍は、地球から召喚された200人の勇者によって終止符が打たれた。

 勇者達の呼びかけではせ参じた人類連合の奮戦で、4人の魔将軍は討ち取られ、首を落とされた魔王の亡骸は、あかあかと燃える魔王城と共に灰に帰ってゆく。




「……5年か。短いようで長かったな」


 〔破壊の勇者デストロイヤー〕菅野学は、燃える魔王城に照らされながら、酒を酌み交わす兵士たちを眺めた。

 黒衣の軽装鎧に身を包んだ体躯は、細身ではあるが歴戦の貫禄があった。

 初めての戦いの恐怖で、前髪の半分は色素を失い、恐れを乗り越えた今でも白いままだ。


「200人いた勇者が、今ではたった5人。良く生き残れたものね」


 腕を組んで仁王立ちするのは、〔神速の勇者〕アリサ・ブランドー。勇者たちのリーダーと言う事になる。

 腰に吊るしたレイピアは、魔王軍の大剣と斬りあえる代物では無いが、彼等は一合たりとも刃を交わすことなく、喉笛を切り裂かれて戦場を去る。故に神速。


明明メイメイとアシスはやっぱりこっちに残って一緒になるって。祖国にいい思い出無いって言ってたしね」


 ローブに身を包んだ青年が酒と肉を手渡しながら報告する。

 〔凛冽りんれつの勇者〕アポロ・ギムソン。南アメリカ出身の混血カラード、南国育ちのせいか、非常に寒がりの彼が、氷結魔法の使い手と言うのは何とも皮肉だ。

 とは言え、火力だけでなく、火の魔法と組み合わせて水を供給したり、氷で橋を作って渡河作戦を敢行したりと、得難い戦力だった。


「中国人とインド人のカップルだからな。たしかに地球あっちだと色々としがらみがありそうだ。ただ……」

「うん、学の言う通り身分を隠して市井に溶け込むってさ。お金は十分に稼いだし、ちやほやされるのにも未練は無いようだから」


 学はもも肉の丸焼きにかぶりつき「そいつは何よりだ」と返した。


「平時の勇者なんて邪魔なだけだよ。普通の人間が俺たちを物理的に殺すのはかなり難しいが、おだて上げたり人質を取ったりで都合良く利用しようとするだろうし、それが無いとしても『勇者がやってくれる』って依存されたら一生を使い潰される」

「学はシニカルだね。まあ、無理は無いけど」


 苦笑するアポロも、なんとも言えない顔をする。「お助け下さい!」と縋りついてくる人々に問題解決を丸投げされ、散っていった勇者は数知れず。戦う事を誓った彼らは、「切り捨てること」を覚えねばならなかった。

 勇者などと持てはやされても、結局はスキルを持っただけの無力な人間である事は彼ら自身が痛感している。


「そんな暗い話より、貴方たちは地球に帰って何をするの?」


 アリサが手酌でワインを注ぎなら、尋ねてくる。


「私はいつも言ってる通り、軍に入るわ」


 米国籍の彼女は、代々軍人の家系らしい。 

 父親は以前在日米軍に在籍していて3.11時にトモダチ作戦に駆けつけた一人だと言う。学が日本人としてお礼を言ったら嬉しそうにしていた。


「勉強苦手だから、こっちに来る前は考えてもいなかったけど、陸軍士官学校ウエストポイントを受けてみようと思うの」


 「大きく出たな」と苦笑する学。本人から聞いた話では、優秀な学力に加えて地元の名士に推薦状を書いてもらう必要がある。生半可な進路では無い。


「こっちでも勉強は2人に教えて貰ったし、余裕よ。あの”女神”が、スキルだけ残して元の時間に戻してくれるって言うから、受験までまだ2年あるわ。せっかく得た力よ。軍人の家系なら、人の為に使うのが当然じゃない? 魔王を倒す苦労を思えば、余裕よ」


 後ろに束ねた金髪を揺らして不敵に笑うアリサを眩しそうに見つめて、アポロは魔王城に視線を移す。火勢が弱まる気配はない。


「僕は、国で農場を継ぐよ。会社を大きくすれば、それだけ人が雇えて貧困対策にもなるし、お金を儲けて未来のアフリカを支える人材を育てるんだ。生活が良くなれば彼女も喜んでくれる」

「ああ、国に許嫁がいるんだっけ?」

「南アは治安が最悪だからね。もし彼女に何かあれば、犯人の両手両足を氷漬けにして指を一本ずつ折っちゃうよ」


 ふふふ、と薄笑いを浮かべる戦友に、2人は引きつつた笑いで「まあ、頑張って」とやり過ごす。

 温厚な人間が一番怖い。


「で、学は?」


 話を振られた学は「うーん」と頭を掻いた。


「勇者のスキルは山ひとつ吹き飛ばすようなやばい奴だからなぁ。地球に持ち帰っても使い道なんてそうそう無いし、まあ帰ってゆっくり考えるわ」

「じゃ、じゃあさ! ステイツに来ない? 学とウエストポイントへ行けるなら、きっと楽しいと思う!」


 いつもどっしりと構えている彼女にしては珍しく、遠慮がちに尋ねてくる。

 「それも悪くないかもなあ」と答える学の声色が、肯定を意味しない事を読み取る程度には、彼等の付き合いは濃密だった。

 星空を見上げたおかげで、アポロがうなだれたアリサの背中を叩いたのに気づかなかった。


「ま、俺みたいなタイプは組織の中じゃ諍いのもとだし、故郷で会いたい奴も居るしな」

「ああ、あの”ヒーローちゃん”かい?」

「酷い渾名つけてやるなよ。まあ、言い得て妙だが」


 召喚されたあの日、本来なら転校先の高校で3人の幼馴染と再会を果たす予定だった。

 5年もかかってしまったが、ようやく約束を果たせる。


「じゃあ、取り決めを確認しましょう」


 気を取り直したアリサが、音頭を取って宣言する。


「ひとつ。私達の力は、地球に帰っても人の幸せの為に使う事。ひとつ、私達はギリギリまで表舞台には立たず、裏方から世の中に働きかける事」


 アポロが頷いて、続きを復唱する。


「ひとつ、誰かが道を踏み外したら、残りの2人が止める事。ひとつ、定期的に集まって情報を共有する事」


 2人の視線が学に集まる。すっと息を吸って、最後の誓いを唱えた。


「ひとつ、自らの力を自覚し、勇者の誇りを汚さず生きる事!」


 アリサがにっと笑って、右手を掲げる。


「また会いましょう!」


 ぱんっと、3つのてのひらが合わさった。

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