異世界帰りの俺が、スクールカーストをぶっ壊す

萩原 優

第1部「幼馴染救出作戦」

第1話「勇者は魔王軍を殲滅する」

 雄たけびと鉄がぶつかり合う金属音の中、魔族の誇りである角を真っ赤に染めた精鋭部隊が、人類連合軍に切り込んできた。

 魔族の角は通常黒だが、魔王領に群生する帝王の花からとれた花粉を振りかけると、一時的に赤く変色する。これは死地に赴く魔族たちが覚悟の表明として代々用いてきた。

 故に、赤い角の魔族は命を捨てて戦う死兵である。


 矢面に立たされたのは、決して精鋭とは言えない二線級の部隊。

 決死の魔族たちに、次々と押しつぶされてゆく。


「はっはっは! いいぞ! 人間どもを皆殺しにして、この魔将軍ゲドー様の名前に栄光の華をそえよ!」


 巨大なウォーハンマーを肩に担ぎ、牛頭の魔将軍が督戦する。

 兵士たちはこの男が好きでは無い。

 捕虜にすら敬意を払い、止む無く捨て石にする部下の手をとって涙した前任の魔将軍ザンキに比べ、人海戦術で突撃を繰り返して敵を疲弊させ、美味しいところは自分が持ってゆくやり方も気に入らないが、何より事あるごとに前任を侮辱するような発言をするからである。

 前任者が勇者の罠にはまり討たれなければ、こんな脳みそまで牛の鈍物どんぶつなどは斬り込み部隊の鉄砲玉止まりだったのだ。

 栄えある魔将軍直卒部隊の誇りが無ければ、こいつに早々に見切りを付けて、人類軍に売り渡していたのにとすら思うものもいた。

 だいたいがして、この状況を疑問に思わないのが無能の証拠だ。

 二線級の部隊が、魔将軍配下の精鋭の猛攻を受けて瓦解していない。それどころか、必死に隊列を建て直している。そうした方が生き延びる可能性が上がると知っているのだ。

 誰か、優れた統率者がいる。

 それはおそらく……。




 今まで持ちこたえていた人類軍が、突然の後退を始める。それは、拙いながら組織立っていたのだが、ゲドーは気づかず追撃を命じる。

 そのせいで、後退する人類軍の中から現れた、黒衣の青年への対応が遅れた。


「皆! 伏せろ!」


 「彼」を良く知るザンキ時代からのベテランたちは、すぐさま対処ができた。だが、それ以外の者は、魔銃が放つ光弾に薙ぎ払われ、閃光の中に消えていった。


「貴様が、ザンキを討った〔破壊の勇者デストロイヤー〕か!?」

「そうだけど、あんたは?」


 ゲドーは勇者の問いかけに応えず、「礼を言うぞ! あの腑抜けを排除してくれたおかげで、今はこのゲドー様が魔将軍よ! 人間どもにとっては不幸だがな!」と哄笑した。


 ウォーハンマーを肩から下し、勇者に向かってゆくゲドーに、ザンキ時代の生き残りたちは殺気立つ。

 勇者もまた、無感動にゲドーを見つめる。

 彼と激闘を繰り広げ、主を討たれた憎しみと、それ以上の敬意を抱いているベテラン兵たちは、無表情の中にある怒りを読み取って同情した。

 同情の対象は、これからその怒りをぶつけられるゲドーであるが。


「俺は……いや、名乗らなくていいな。おまえはすぐ後任と交代するだろうし」


 鈍物、もとい魔将軍は怒りのこもった瞳で勇者を見つめ、「それはこの一撃を受けてから言うんだな!」とウォーハンマーを振り上げた。




 戦場を打撃音が駆け抜けたあと、残ったのは驚愕するゲドーと、大槌を左手で軽々と受け止める勇者だった。


「俺は魔王が大嫌いだが、今日もっと嫌いになった。奴が部下をどれだけ杜撰に扱おうが知ったこっちゃないが、お前みたいなぼんくらをザンキの後任に据えて、あいつの功績を上書きしようとした安い魂胆に虫唾が走る」


 ゲドーの瞳が恐怖に染まるが、勇者は気にも留めない。


「捕虜や民衆に対しても、ずいぶんナメた真似してくれたようだな? 両手を切り落として木に吊るしたのは、ザンキを討たれた意趣返しのつもりか? それがあいつの生き方への侮辱になるって、分かっててやりやがったな?」


 バリン! 力を込めた左手が、魔王に下賜されたレア装備を、機械にかけた胡桃のように砕いた。


「ヒッ!」

「……間違いは、正さないとな」


 静かな怒りと共に、右手に持った魔銃がゆっくりとゲドーに向く。

 魔将軍の誇りを放り出して背中を向ける彼に向け、勇者は躊躇せず引き金を引いた。



◆◆◆◆◆



 ゲドーが消滅したのを見届けて、伏せていた兵士たちが、武器を捨てて手を上げる。


「今捕虜を取ってる余裕はない。行け」


 勇者は、魔銃をマジックポーチに仕舞い。兵士たちに命じた。


「……良いのか?」

「お前たちもザンキの名を汚すような真似をしたら、あのぼんくらと同じ運命をだどるだけだ。だが考えてくれ。ザンキが魔王の命令に殉じた結果、諫言する者を排除した暴君が何をしたかを。お前たちまでこのまま奴に従い続ければどうなるかを」


 ザンキの遺臣たちは、剣を拾うと一礼して去ってゆく。

 彼らの背中を見送って、黒衣の勇者は「もうすぐだ。もうすぐ会えるから」と呟く。

 きっと戻る。地球に戻って、あいつらともう一度……。




 魔王討伐の為召喚された勇者たちと、その呼びかけで結成された人類連合。

 彼らは少しずつだが確実に、魔王領へと進軍していた。

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