サマー・オブ・ラブは続いてゆく 〜二人が巡り会うのはいつもこの街だ〜

鴨志田千紘

前編 

 珍しく雪が降り積もった冬の日。小林美桜こばやしみおは再び彼に巡り会った。

 隣町でいきたい大学の過去問を買った帰り道のことだった。電車を降りた時、彼女の目に一人の男子高校生の姿が映る。

 寒さで体調を崩したのだろう。駅のホームでうずくまり、苦しそうにしている。周りの人は目もくれず、ただただ無視を決めこんでいた。


「情けは人のためならず……だよね」


 躊躇ためらいなく、男子高校生のもとへと向かう。


「大丈夫ですか? あっ……」


 その男の子の顔を見て瞬時に悟った。見間違えるわけがない。


 ──また彼に巡り会えた。


 美桜は彼を知っていた。いや正確には自分の知っている彼じゃない。ここでは初対面の人だ。


「すいません……大丈夫ですから」

「顔、青ざめてるよ? 大丈夫じゃないって」

「ありがとうございます……けど少し気持ち悪くなっただけですから」


 うつろな目をしながらも彼はかたくなに助けを求めなかった。誰かに迷惑をかけたくないと態度で示していた。

 美桜はめげない。迷惑をかけたくないという気持ちと助けて欲しいという気持ちは同居する。それをよく理解していた。


「じゃあ平気になるまでそばにいるから。もしなにかあったらなんでも言って。吐きそうなら……ほらちょうど過去問入れてたレジ袋あるし」

「ありがとう。じゃあ……お言葉に甘えるよ」


 様子を見ながら背中をさすった。しばらくしてから彼も落ち着いたのか、近くのベンチへと移動する。


「ごめんなさい。迷惑……かけたよね」

「ううん、全然。落ち着いたみたいでよかった。帰れそう?」

「もう大丈夫。各停ですぐだからね」

「それなら大丈夫そうだね」


 彼の余裕のある面差しを見て、美桜は笑みを浮かべた。助けることができて心の底から嬉しかった。


「あのさ……君はどうして僕を助けてくれたの? ほかの人はみんな知らんぷりだったのに」


 腑に落ちなかったのだろう。彼は「道ゆく他人は手を差し伸べてくれない」と言わんばかりの勢いで、疑問をぶつけてきた。

 不思議に思うのも当然かもしれないと美桜は思った。少し前の自分なら、周りと同じように見知らぬフリをしたかもしれない。


「私ね。君に助けられたことがあるの」

「え? 初めましてだよね?」

「ふふふ、そうだよね。冗談」


 嘘ではないけどここでは本当のことではない。だから冗談とはぐらかしておく。それに彼だとわかっていて助けたわけではない。偶然だった。


「本当のことを言うとしたら……『情けは人のためならず』ってことかな。誰かにした優しさが巡り巡って返ってくる。私は受けた優しさを誰かに返したかったんだ」

「そっか。いい言葉だね」

「でしょ?」


 共感してくれたことが嬉しく、自然と口角が上がってしまう。すると彼は恥ずかしそうに顔を逸らした。久しぶりにこういうやりとりができた気がした。


『お待たせ致しました。四番ホームに各駅停車新宿行きが一〇両編成で参ります。次は玉川学園前に止まります。危険ですから黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』


 二人の別れを告げるように電車のアナウンスがホームに響く。車両はまもなくホームに到達するだろう。


「電車くるね」

「あ、うん」

「私はここが最寄りだから、君を見送ったらいくね」


 二人の間に沈黙が流れてしまう。美桜としても名残惜しさがあった。できることならもう少し話していたい。


 ──けど多分これはきっかけなんだ。私たちの道はここでも繋がってる。

 そう思った次の瞬間だった。彼が声を上げたのは。


「ねえ! 君、名前は?」


 名前を聞いてくれた。自分のことを覚えようとしてくれた。


「私、小林美桜」

「美桜ちゃんか。僕の名前は──」

泰介たいすけくんでしょ? 青山泰介あおやまたいすけ

「なんで知ってるの……?」


 唐突に告げられた事実に泰介と呼ばれた少年は面食らう。

 少し間抜けな顔が美桜には愛おしく思えた。自分が「帰らなくてもいいのかもしれない」と言った時と同じで、なに一つ違わない。彼女の知っている泰介にそっくりだった。


「ほら、電車きちゃったよ? じゃあ、泰介くん」

「うん! ! 次会った時はお礼するから!」


 連絡先も交換しなかったのに「またね」。それは確信があっての言葉だった。自分たちの道は絶対交わる運命なのだ。東京と神奈川、時間と空間の境界であるこの街で。

 二人の間に一枚の隔たりが現れる。窓から見える泰介になぜかずっと手を振ってしまう。視界の端から消える最後の瞬間まで何度も何度も。


「この世界でも好きになろう。好きになってもらおう。少し違うかもしれないけど……泰介は泰介だから」


 時間も空間も飛び越えてまた巡り会う。これはそんな二人の物語。




 けたたましくアラームが鳴りはためく。暑くて寝苦しかったせいか、もう少し眠っていたかった。


「あーそうか。今日が最後の日か……」


 寝ぼけ眼を擦って立ち上がる。

 青山泰介は東京都町田市に住む大学生だ。市内の偏差値の高い大学に合格したはいいが、真面目な性格が祟ってイマイチ大学生活を満足できていない。いわゆる大学デビューに失敗した学生であった。

 恋人がいればまだ救いがあったかもしれないが、生憎あいにくとその手の話に縁はない。いつも一方的に追う側で、互いに惹かれ合う運命の出会いをしたこともない。


「いってきまーす」


 誰もいない部屋に対して気の抜けた声をかける。思い立って一人暮らしを始めたのだが、実家からは数駅しか離れていない。家に呼ぶ友達もいないのだから、実家に戻った方がいいのかもしれない。


「はあ……」


 一日講義でついえると考えると、憂鬱になってしまった。いっそどこかへと消えてしまって、気兼ねなく過ごしたい。とはいえ大学をサボる勇気もない。今日は期末試験の日だったからだ。

 点々とある街路樹に最近立てつけられた県知事選のポスター。味気ない景色の中を歩き、泰介は駅を目指す。

 そんな最中にふと視線が釘づけになる。公園のブランコに制服姿の少女がいた。眉目みめよい長い黒髪。恐らく女子高生だろう。少女は漕ぐわけでもなく、ただ黄昏たそがれるように座っているだけ。


「夏休みだよな……今?」


 季節とはちぐはぐな紺色のカーディガンが目を引く。気になったが、泰介は立ち止まらなかった。家出少女か部活をサボったのか。どちらかだろうと推理し、いぶかしむのをやめることにする。


 ──数時間後。


 帰路についた泰介の目がまた釘づけになる。先ほどの少女が同じようにブランコに乗って黄昏れていたのだ。唯一の違いはカーディガンを脱いで、腰に巻きつけているくらいだ。

 曇天どんてんとはいえもう八月の初旬だ。こんな暑さの中でずっと公園にいたのだろうかと気になってしまう。

 気づいていながら放置して、熱中症で倒れられたら夢見が悪い。人に声をかけるのは苦手だが、泰介は意を決した。


「こんにちは」

「……こんにちは」


 少女は恐る恐る言葉を紡いだ。知らない人にいきなり声をかけられたから身構えているのだろう。


「君、昼間もここにいたよね?」

「ずっと見てたんですか?」

「いや、大学にいく時に偶然見かけて。それで帰ってきたらまだいるから心配になっちゃったんだよね。ずっとここにいたの?」

「いえ。さっきまで駅前の方にいましたけど……結局いく当てがなくてここに戻ってきただけです」


 少女は尋ねたことに対して丁寧に受け答えしていた。そのせいかしっかりした女の子という印象を受ける。

 同時に「いく当てがない」という言葉がどうにも引っかかる。泰介は思い切って聞いてみることにした。


「家には帰らないの?」


 少女は黙ったままだ。図星なのかもしれないと思い、泰介は言葉をいだ。


「こんなところにずっといたら暑さで倒れちゃうよ? 事情はわからないけど家に帰れるなら帰った方がいい。この辺、夜はあまり治安よくないし」

「家……ないんです」

「え……?」


 少女が発した言葉は思いもよらないものだった。「家がない」。そんなはずがない。学校に通っているのに家がないなんてことがあり得るだろうか。

 泰介はしばし絶句した。率直な言葉を紡げばいいのか、詳しく聞けばいいのかわからない。そんな彼を見兼ねたのか、少女はゆっくりと口を動かす。


「私が過去からこの時代に迷いこんできたって言ったら……信じますか?」

「過去? 今じゃないってこと?」

「うん。私がいたのは二〇一八年の一一月です」


 少女が口にした年代は数年前だ。確かに泰介のいる現在ではない。にわかには信じられないが少女の面持ちは暗く、俯いている。嘘を言っているようには見えなかった。


「じゃあ家がないっていうのは本当に存在しないってことなのか」

「見覚えのある景色のはずなのになんか色々違くて……私の家があったところには別の家が建ってました」

「驚いたな。タイムスリップしてきたわけか。ちょっとびっくりだけど、君が嘘ついているようにも見えないし……」

「私もなにがなんだかわけがわからなくて……」


 途端、せきを切ったように少女が涙をこぼす。

 この数時間誰にも打ち明けられず、いく当てもなく街を彷徨さまよっていたのだろう。自然と手が彼女の肩を優しく掴み、「辛かったね」と口にしていた。

 とは言ったものの泰介自身も途方に暮れていた。警察にこのことを言っても家出少女だとみなされて門前払いだろう。誰か保護してくれるような人間がいないかと考えるが、案は出ない。

 残るは一つしかない。告げるのは不本意だったが、救いの手を差し伸べられるのは自分しかいないのだ。


「じゃあ、ひとまずうち……くる? すぐそこのマンションなんだけど」

「でも……」


 少女が言い淀む。そういう返答がくると思っていた。むしろホイホイついてこないあたり、本当に家出少女ではないのだと確信できた。


「まあ怖いよね。いく場所ないとはいえ知らない男の家に上がるなんて。けど頼れる女友達もいないしなぁ……」

「いえ! そうじゃなくて……迷惑じゃないかなって。助けてくれるのはすごくありがたいんですけど……」

「あ、そっち?」


 思わず素っ頓狂すっとんきょうな声が漏れてしまう。こんな状況にもかかわらず、相手を心配するとは思わなかった。


「うん。本当に親切心で声をかけてくれたのは見ればわかります。でもどうしてそこまでしてくれるのかなって」

「えっと……ほら、『情けは人のためならず』って言うでしょ? 困ってる人を助けたことは巡り巡って自分に返ってくるかもしれないし」

「『情けは人のためならず』……」


 助けようと思った理由なんて泰介にはなかった。様子がおかしかったから勇気を振り絞って声をかけただけ。彼が口にしたことわざは『それっぽい理由づけ』以外の意味はない。


「あのお名前を聞いてもいいですか?」

「僕? 泰介、青山泰介。君は?」

「私は小林美桜って言います」

「美桜ちゃんね。とりあえずもとの時代に帰るまでよろしくね」


 泰介と美桜の出会い。全てはここから始まったのだ。



 いざ家に連れてくると様々な不安が脳裏をよぎった。

 「未成年連れこんでるからこれ犯罪じゃね?」とか。

 「でも過去からきた人ってことは今は成人してるかもしれないからセーフじゃね?」とか。

 「そもそもタイムトラベラーに現行法は適用されるのか?」とか。

 しばし自問自答してから深く考えることはやめた。話を聞いてみないとなんとも言えないのだ。


「汚い部屋でごめんね」

「いえ、そんなことないですよ。お邪魔します」


 一礼した後、美桜が部屋へと上がる。「汚い」と謙遜して言ってはみたが、印象はよかったらしい。小まめに片づけをする癖の賜物たまものだった。


「ベッドの上にでも座ってて。飲み物なにか飲む?」

「大丈夫です! そこまで気を遣わなくても……」


 彼女を見遣ると胸の前で両手を忙しなく振っていた。気を遣い過ぎた。美桜の様子を見て、慣れないことで緊張しているんだと泰介は自覚した。


「そう。まあ、なにかあったら言って」

「はい」


 ひとまずは落ち着いて話を聞くべきだろう。泰介は床に座っている美桜の前であぐらをかいた。


「さて……どうしたものか」

「本当に私のこと信じてるんですね」

「そりゃまあ。嘘ついているように見えなかったし、嘘にしてもタイムスリップは大仰過ぎるでしょ?」

「それもそうですね」


 泰介の言葉に合点がいったらしい。信じてもらえているとわかったからか、美桜の顔から強張りが溶けていた。


「じゃあ、まずは自己紹介ってのはどう? そこに手がかりがあるかもしれないし」

「わかりました。とりあえず私がわかることを話してみようと思います」


 それから美桜は自分の来歴を語った。

 この街とは少し違う過去からきたこと。

 町田郊外に住み、私立の高校に通っていたこと。

 そして生まれた年が泰介と同じだったこと。


「ちょっと待って。じゃあ僕たちタメってこと?」

「そうなりますね。変な感じ……ですけど」

「話しやすい言葉で話してくれても大丈夫だから」

「お気遣いありがとうございます。多分慣れたらタメ口になっちゃうかも」

「僕は平気だよ。で、えっと……話の続き。生い立ちとか時代とかはわかった」


 美桜の話を聞く限り、違和感はなかった。泰介の知っている二〇一八年と大差がなかったからだ。

 ただ、疑問はある。彼女はこの時代に居場所がないのだ。たった数年で、わからなくなるほど街の景色は変わるだろうか?


「単刀直入に聞くけど、どうして君は自分がタイムスリップしたって思ったの? 君はそれまでなにをしていたんだ?」

「私は……ただ学校にいこうとしただけなんです。いつもと違う道を使って駅までいこうとして……気づいたら迷ってた」

「なるほど……なにがすごいできごとがあったわけじゃないのか」

「うん。それでスマホを確認しようとしたら、繋がらなくて……圏外になるはずない場所なのに。慌てて家に戻っても全く違う建物があるだけ。もうなにもかもわからなくて、とりあえず人のいる大通りに出てなにが起きてるのか確かめようとしました」


 その間に公園へと足を運んだのだろう。手がかりを探している途中で休む場所としてはうってつけだ。


「そこで見つけた手がかりが未来にきているってことだったわけか」

「お金はちゃんと使えたから、ネットカフェで検索したんです。そしたら年が未来になってて……色々検索しても見覚えないニュースばかりでした。県知事選の記事とか知らない芸人のゴシップとか」

「ああ、あの芸人のニュースね。前に漫才大会で優勝してた気がするけど」

「そうなんですか? 本当に知らないことばかり……同じ日本なのに別世界にきたみたいで気持ち悪くなりそう」

「そりゃあ知らないものだらけじゃ気持ち悪くもなるよな……」


 美桜の経験は想像に難くなかった。今やスマホやSNSといった技術によって自分の手の中で情報を自由に閲覧できる世の中だ。

 情報を絶たれ、全く知らないニュースで溢れかえる世界に迷いこんだら……考えただけで身の毛がよだつ。景色は遜色がないのも相まって、不気味だろう。


「私がわかるのはそれくらいです」

「そっか。本当にタイムスリップしたって事実しかわからないな。この先は調べてみないとなんとも言えないね」

「ごめんなさい……」

「君が謝ることじゃないでしょ。巻きこまれただけなんだから」

「そうだといいんだけど……」


 不安で美桜の顔が曇る。どうにか安心させたいと思うが上手い言葉が喉から出てこない。


「とりあえず! パソコンは自由に使っていいから! 僕はスマホでオカルト掲示板とか都市伝説とか探ってみる」


 微妙な間が気持ち悪かった。慰めの言葉の代わりに思ったことを口走ってしまう。


「なにからなにまで親身にしていただいて……ありがとうございます」

「まだ感謝されるようなことできてないって」


 それが泰介の本音だった。

 自分はただ話を聞いていただけだ。彼女を安心させることもできなかった。


 ──僕は彼女をもとの時代に帰せるのだろうか?


 一抹の不安が胸に巣食った。




 夜なべしてネットの海を泳ぎ続けた。オカルト板に都市伝説動画にまとめサイト。途中、個人的に興味があった『フォトンベルト突入による高次元移動』という記事に脱線もした。

 ネットサーフィンでの収穫は一つだけだった。タイムスリップの話のほとんどが『未来人が現代にきた話』であり、予言めいたメッセージを残して去っているということだ。

 『過去の人間が現代にくる』という逆のパターンは全く見当たらない。タイムマシンが開発されていないのだから当たり前ではあるのだが……それはそれで謎が深まるばかりだ。


 ──大きな疑問は一つ。


 それは『タイムマシンなしで時間移動が可能かどうか』だ。すでにタイムマシンは存在しているという話は都市伝説としてまことしやかに囁かれている。

 しかし事件に巻きこまれたわけではないという美桜の証言をかんがみると、タイムマシンは使われてないと考えるべきだろう。

 美桜の家があったのは郊外の住宅地だった。もしタイムマシンの実験に巻きこまれたとしても、近隣に実験施設があるとは思えない。常識的に考えれば、不測の事態に備えて密集地は避けるはずなのだ。

 と、大きな焦点を導き出したところで意識が飛んだ。気づかぬうちに寝落ちしていたらしい。


「おはようございます。泰介さん」


 目を開けると制服姿の美桜がいた。どうやら『寝て起きたら自然ともとの時間に帰っていた』なんて都合のいい現象は起きなかったらしい。


「おはよう……美桜ちゃん」

「朝食、できてますよ」

「マジで?」

「と言っても冷蔵庫にあるもの限られてて……作ったのおにぎりなんですけど」


 気恥ずかしそうに美桜が下を向く。

 泰介にとって献立はどうでもよかった。自分が作らなくても食事が勝手に出てくるのは久しぶりだったから。こんなことなら食材を買い足しておけばよかったと少し後悔した。


「それでも嬉しいよ。ありがとう」

「いえいえ。居候いそうろうしてる身ですからこれくらいは」

「じゃあちょっと顔洗ってくるから。その後すぐに食べるよ」


 それからすぐに小さなテーブルを二人で囲み、朝食をった。

 早速おにぎりを一つ頬張る。作りこそ単純ではあるが、白米と具材だけでも充分な美味しさだ。


「お味、どうですか? おにぎりだから不味いことはないと思うけど……」

「うん、美味しいよ。気持ちこめて作ってくれたのわかるし」


 昨夜の残りの鮭に実家からもらってきた梅干しにおかずが足りなかった時用に買っておいたふりかけ。具材のバリエーションは豊富とは言えないが、なるべく多くの味を作ろうとした努力が見てわかった。


「よかったぁ」

「そういえば、今日はどうする? どこか調べる当てとかある?」


 おにぎりを飲みこんだ泰介は別の話題を振った。美桜のタイムスリップの原因の究明は急いだ方がいいと思い、自然と言葉がこぼれたのだ。


「いえ……やっぱりこの時代のことはまだわからないので。下手に動くよりインターネットで情報取集するのがいいのかなって」

「なるほどね」

「泰介さんのご予定は?」

「僕は予定ないね。昨日で大学終わりだから。夏休みってわけ」


 泰介は実家に帰るつもりだった。長い夏休みをこの部屋で独りぼっちで過ごすのはあまりに退屈だ。もし昨日美桜に出会っていなかったら、今日にでも出立していただろう。


「で、僕から提案なんだけど駅の方にいってみない?」

「でも闇雲に歩いても手がかりがあるかどうか……」

「調査もあるけどさ。ほら、その格好」


 泰介は制服を指差した。美桜は昨日と同じ長袖のブラウスにスカートという出で立ちだった。


「いつまでも冬用の制服じゃ窮屈だろ?」

「確かに……泰介さんの服借り続けるわけにもいかないですよね」


 昨夜はシャツとズボンを寝間着として提供したが、流石にその格好で外に出るのは無理がある。ダボダボの姿で街を歩かせるのは泰介としても忍びなかった。


「僕の予想だけど……多分、すぐには帰れないと思うんだ」

「私もなんとなくそう思ってました。ネットの検索だけじゃなにもわからないし……自然と解決することでもないような気がする」

「当分はいく当てがないわけだし、色々買い物しておこうかなって思って。ついでに僕が案内すれば調査にもなる」

「それもそっか。でもいいの?」


 美桜が砕けた言葉で問い返してくる。等身大の彼女を垣間見た気がして泰介の心がおどった。


「美桜ちゃんさえよければ全然オッケー。あ、でも高い服とか買えないのは先に謝っておくね」

「そんなわがまま言わないって!! 服装を気遣ってくれるだけでも……充分嬉しい」


 美桜の頬が紅潮する。

 その様子をなぜか泰介は直視できなかった。妙に気恥ずかしい。こんなふうに女の子と会話のキャッチボールをするのはいつぶりだろうか。


「じゃあ、食べ終わったらすぐいこう。善は急げだ」


 恥ずかしさを誤魔化すように予定を決めてしまう。ただ本心でもある。一刻も早く美桜をもとの時代に帰したい。不安を取り払ってあげたい。

 決意を新たにした泰介は残るおにぎりを勢いよく頬張った。

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