第10話 最悪の状況 1

「こっちで合っているんだろうな!?」

「は、はい! そうです」

「ルダ!!」


ルダと女神ラフタラーテが、光に包まれ消えた数分の後、森の中に出来た円形状の草原に、十数人の自警団を連れて、団長でありシェリーの母親であるレジーと、シェリーが、駆け込んで来た。


「ルダ! ルダ! どこにいるの!? 返事をして!」

「シェリー! 落ち着いて!」

「でも母さん、ルダが!」

「分かっている! でも捜索に来たのは、あなただけじゃないのよ! 他のメンバーにも迷惑がかかるから単独先行は厳禁よ!」

「・・・・・・・ごめん」


樹木が覆い繁る場所と草原の境でシェリーは唇から血が出るほど噛み締めながら、飛び出して行きたいのを必死に我慢している。


「レジーさん、魔獣の気配はしねえ。何人か周囲も見て回らせたが近くには今は居ないようだ」


矢を固定したボーガンを構えながら、一人の男性がシェリーの母親、レジーの所に報告にやってきた。


「そう・・・それで、ブルド君が襲われていたのをルダ君が助けに入ったのは、この草原で間違いないのね?」


レジーのすぐ後ろに座り込んで肩で息をしている青年に、丁寧だけど圧力のある声でレジーが訪ねる。


「ま、間違いないです!」


青年はブルドと行動を共にしていた片方の男だ。

その男が、レジーの声に気圧されながらもなんとか答える。


「みんな、取り敢えずあの中央に見える石積が置いてある所まで進むよ」


レジーの声に皆が無言で頷く。

今にも飛び出しそうなシェリーの肩を掴み押さえながらレジー達は中央に向かって歩きだした。

次第に近づく石積。


「特に変わった様子はないわね」


レジ―が近づく石積みを注意深く観察する。


「・・・・・あれは!?」


シェリーが何かを見つけたのか、突然シェリーが石積に向かって飛び出していった。


「シェリー!?」


レジーもシェリーの後を追って石積みのところへと急いだ。


「しかしなんて早さなの。わが娘ながら驚くわ」


シェリーが、石積みの所に最初に着く。

その後にレジーも石積みの場所へと到着する。

二人はその祠の様な形をした石積みを見上げる。


「結構、大きいわね」


レジーが小さく呟く。

その間にシェリーが、石積みの周辺を調査しながら裏側へと回り込んで行った。


「特に、変わった様子はないようね? シェリー、そっちはどうだい?」

「・・・・・・・・・」

「シェリー? どうしたんだい? そっちはどうだい?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「シェリー!!」


何も返事がない事に不信に思ったレジーが、石積みの裏側へと回り込んだ。


「? シェ、シェリー?!」


レジーの目にシェリーが呆然と立ち尽くしたまま、体を震わせている姿が写った。


「か、あさん・・これ・・・」


震える手で指し示したその先には、赤々と石や草に着いた大量の血痕だった。


「こりゃあ・・・・」


それを見てレジーも絶句する。


「レジー! 来てくれ!!」


すると、その二人に向かって少し離れた場所から、男性が声を掛けてきた。

レジーはその場で立ち尽くす娘を一度見つめてから、その声のする方に急いで向かった。


「これを見てくれ」


男が指差した所には、大量に血痕と、無惨に引きちぎられた布や、靴だったと思われる皮が散乱していた。


「これは・・・シェリーには見せられないじゃないか・・」

「これ、ルダのだよね?」

「!?!」


いつの間にか、レジーの後ろにシェリーが立っていた。


「ち! シェリー! 見るな! あっちに行っているんだ!」

「ねえ、母さん。これ、ルダ、のだよね?」


強張った表情で、血痕や破れた衣服が散乱する現状を見るシェリーの姿を、レジーは恐怖した。


こんな表情のシェリー、初めて見た・・・


「こりゃ酷い」


後ろの方で、惨状を見た他の自警団の男性がある一点に注視していた。

その視線には、破れたブーツに残る肉の固まり。骨が丸見えになった足が転がっていた。


「どいて・・・」

「シェ、シェリー、駄目だ! そっちに行くんじゃない」

「どいて! 母さん!!」


11才の子供の迫力とは思えない程の声を張り上げ、前を塞ぐレジーを手で突き上げるようにどかさせた。


「ルダ・・・」


シェリーは、何の躊躇いもなく、無残な形で血まみれの足を拾い上げると、力なく両膝を地面に落とし、そのままルダの足を自分の胸に抱え込んだ。


「ルダ・・・ごめんね・私が一緒について行きさえすれば・・・ごめんね・・・・」


そのシェリーの姿を見る母親のレジーは、ただ黙って見守るしかできなかった。

今までに見せた事がないほどの悲しむ娘の姿に、どう話をしたらいいのか分からなかったからだ。


「なんでこんな事になってしまったの・・」


誰に問う訳でもなく、そんな言葉が口から洩れた。


「レジー、ルダを襲った魔獣だが、この周辺にはもういないみたいだ。ただ、この草原に向かっていた足跡は見つけた。ドラゴモドキだと思う」


一人の男性が、周辺を確認し得られた情報をレジーに報告しに来た。


「ドラゴモドキだって? なんで森の最奥にいるような魔獣がこんなところまで・・・」

「昨日も大会前の最後の確認をしたんだ。競技範囲から5キロ四方は大型魔獣は確認できていない。今朝も確認している。こんな浅いところに大型魔獣が出るなんてありえないはずなんだが・・・」


男の言葉にレジーは、咄嗟にある事を考えてしまう。


「ブルド君が・・まさか・・・」


シェリーの事を嫁にとしつこかったけどシェリーはルダ君の事を想い続けていたから断ったはず。

それでも何度もブルド君に言い寄られて困っているとは言っていたけど、まさかその程度でルダ君を?


「この事はシェリーには黙っておいて」

「分かった」


レジーは、最悪の事を考えたくはなかったが、その可能性を否定できなかった。


シェリーには言えないわね。

そんな事を知ったシェリーがどんな行動をとるか・・・

いまだに、ルダの血塗れの足を抱え踞るシェリーを見て、大きな不安を感じていた。


『それより、リエナに何て言えばいいのよ・・・』


そして、最悪の状態になったルダの事をその母親であり、親友でもあるリエナにどう言えば良いのか心を痛めるレジーだった。

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