思い出の日記

総督琉

思い出の日記

「ねえ。倉庫の掃除をしてたらさ、こんなもの見つけちゃった」


「アルバムか。懐かしいな」


「見ようよ。今日は暇でしょ」


「ああ。そうだな」


 二人は隣り合わせで床に寝転び、アルバムをおいて1ページ目をめくる。


 ーー始業式

 僕と君は初めて会った。

 最初は言葉をかわすことなく、さらには目すら合わせる関係ではなかった。


小戸森こともり 牡丹ぼたんです。皆と仲良くなれるよう、頑張りたいと思います」


 少年にクラス全員の視線が向く。だがその中に、一人の少女は含まれていなかった。


「私は春夏秋ふゆなし 蓮華れんげ。よろしく」


 短い自己紹介をし、彼女は座る。

 緊張しているのかと思ったが、彼女はそうではないらしい。


 教室での自己紹介が終わり、小戸森は昔ながらの友人の八尋やひろとともに屋上へ向かった。


「八尋。今日も親は旅行行ってるのか?」


「うん。明日帰ってくるって」


 小戸森は八尋を背に、屋上を覆うフェンスに手を当て、校舎裏を覗く。


「小戸森はさ、好きな人とかいるの?」


 八尋は顔を真っ赤にしながら聞いた。

 小戸森は八尋に背中を向けているわけなので、八尋は小戸森の表情を見れない。表情を窺おうと少しずつ小戸森の隣へ歩み寄る。

 だが、小戸森は校舎裏にいる一人の少女に見入っていた。


(あれ……。確かあれは……春夏秋蓮華だっけ。何をしているんだ?)


 春夏秋は校舎裏にある大きな木の下に座り、一人で弁当を食べている。


「ねえ。聞いてる?」


「八尋。弁当食べよ」


「う……うん」


 ーー体育祭

 その日、彼女は初めて笑った。


「さあ、第一競技はリレーです。では、参加者は準備をしてください」


 小戸森は赤いハチマキを頭に巻き、リレーに参加する者たちが集っている場所へと歩く。

 その道中で、小戸森と春夏秋はすれ違った。互いに目を合わさず、彼ら彼女らはすれ違い続け、交わることはない。


「小戸森。リレー頑張ってね」


 八尋の声援を背に受け、小戸森はリレーの第一走者のコーナーに立つ。


「小戸森。俺、絶対勝つからな」


 走る構えをしている小戸森に、隣の走者は話しかける。


(誰だ?)


 小戸森が首をかしげていのを見て、その男は目を丸くする。


「まさか、名前忘れてる!?一条いちじょうだよ。小戸森と俺はライバルだろ」


「いや知らねえし。まあでも俺、負けるの嫌いだから。手を抜くことはしないぞ」


 銃声がパーンと響き、六人の走者が一斉に走り出した。その六人の走者の中で、二人の走者だけが逸脱して遅かった。


「おおっと、小戸森選手と一条選手が飛び抜けて遅すぎます。どちらが最下位になるのでしょうか?」


 小戸森と一条は全力で走るも、先頭陣には相当な距離を離される。

 ゴールを目前にしても尚、小戸森と一条の並列走行は続いている。


「小戸森。あんたのせいで赤組負けるよ」

「一条。白組を負けさせる気?」


 多くの声援を受けながら、最初にゴールしたのは小戸森であった。


「よっしゃあああああああああ」


 小戸森は大声で喜んだ。

 そんな小戸森を、一人の少女は屋上から見ていた。


「小戸森牡丹。相変わらず君は面白いな」


 初めて会ったはずの彼女らは、なぜだろうか、会うべきして会う二人。そんなではない。まるで雀と燕のように、似ているようで似ていない。


 ーー音楽祭

 この日、初めて彼女は女の子をした。


「では、優勝のクラスを発表します。優勝は、四組です」


 小戸森たちのクラスは三組。よって、優勝はできなかった。

 小戸森たちのクラスは全員が音楽祭に力を入れており、その努力が功を成すことはなかった。誰もが瞳から涙を零していた。


 一条は隣に座っているはずの小戸森の肩を抱こうとしたが、小戸森は消えていて、一条は危うく転び欠ける。


「あれ?小戸森」


 音楽ホールの隣にある森の中で、小戸森は上を向いて涙を溢さないようにしていた。だけど、耐えきれずになった涙は溢れ出す。


「小戸森牡丹。お前、案外泣くんだな」


「春夏秋。お前、悲しくないのか?」


「当たり前だろ。私は音楽祭になど興味はない。正直終わってくれてせいぜいしてるよ」


 小戸森は横目で春夏秋をチラ見し、


「たまには、自分を隠すのはやめたらどうだ?お前、誰よりも頑張っていただろ。ピアノが壊れた時、誰よりもピアノの修理を頑張ったから伴奏を担当している八尋はあそこまで上達できた。誰よりも声を出して音の調和を調えてくれたから、音程があそこまであった。全部、春夏秋が頑張ったからこそできた音楽だ」


「小戸森。私はね、弱いよ。だからさ、泣いてきた」


 春夏秋の目の下は赤くなっており、それを横目で小戸森は確認する。


「春夏秋。お前は優勝したかったのか?」


「さあな。だがどうしてかな。また涙が出てきそうだ」


(どうして涙というものは、強く威張りたい者の前では簡単に溢れてしまうのだろう。私が溢す涙を、彼は見ないでくれている)


「小戸森。もうすぐ、卒業だね」


「ああ。さようならだな」


(遠くへ行ってしまう。離れていってしまう。そんなの……嫌だ)


 ーー修学旅行

 最後の行事の前夜祭。まあ前夜というより一週間前に行われた行事。この行事で、彼女は強くなった。


「八尋。そういえばこれ、落としただろ」


 小戸森はイヤホンを八尋に渡す。

 八尋はお礼を言い、小戸森は立ち去った。


「八尋。速く告白しちゃいなよ」


 八尋は友達にそう急かされる。だが、八尋はどうしても勇気が出ない。

 八尋が遠ざかっていく小戸森の背中を見ていると、春夏秋は親しげに小戸森に近づき、話しかける。小戸森と春夏秋は楽しそうに会話をする。

 それを見て、八尋は顔を曇らす。


「女たらし」


 八尋の気持ちには気付かず、小戸森と春夏秋は楽しげに話す。


「小戸森。明日はスキーらしいよ」


「そうか。やったことあるか?」


「まあね。私は昔、色々なことをしてきたからね。その中にスキーも含まれているからね」


「相変わらずお前は謎が多いな」


「小戸森。いつか教えてあげる」


 八尋は旅館の屋上に一人で行き、静かな夜風に吹かれていた。


「八尋。こんなところで何をしているんだ?」


「小戸森!?」


 八尋は驚くが、そこでさらにコーヒー缶を渡される。八尋は両手でコーヒー缶をキャッチする。

 そのコーヒー缶をよく見ると、ブラックと書いてある。


(はっはっ。帰ったらすぐ寝るつもりだったんだけどな……。それに夜はカフェイン飲まないって話した気もするけど。忘れてるのかな?)


「ありがとね。小戸森」


 八尋はお礼を言うが、小戸森は違和感に気付く。


「お前、夜はカフェイン飲まないんじゃなかったのか?」


「なーんだ。覚えてるじゃん」


「八尋。何か困り事でもあるのか?」


(どうしよう。今が告白のチャンス。でも、小戸森は優しい奴だ。だから小戸森は私の気持ちを知れば気を遣って今までの関係は崩れてしまう。思いをぶつければいいってわけじゃない。私は、いつも他人のことばっか考えてるから、もう分かんないよ)


「あのさー、八尋は、俺のこと好きなの?」


「はあああ!?」


 八尋は顔を急速に紅潮させる。

 耳まで真っ赤にしている八尋を見て、小戸森も恥ずかしくなってしまう。


「ど、どうして?」


「なんとなく……」


(相変わらず小戸森は、優しいよ)


「もしかして、私と付き合ってあげる、とか言うつもり?」


 小戸森は八尋の目を見ず、下を向く。


「小戸森。あんたは春夏秋が好きなんだろ。だったら、自分の気持ちに正直に生きろよ。お前は、小戸森は……バカなんだから」


 八尋は潤んだ瞳で涙を堪え、小戸森の腕にグーパンする。優しく、というより力無く。


「八尋……」


「小戸森。知ってた?この旅館の裏庭にある池の隣で、告白したら絶対成功するって」


「でも……春夏秋はどこにいるか知らないし」


「あいつは、さっきあの池に向かった。きっと誰かに呼び出されたんだよ。小戸森、あんたは何を選ぶの?」


 八尋は小戸森の顔を両手で挟み、小戸森の目を凝視する。

 小戸森が目を反らそうとすると、八尋を小戸森の顔を無理矢理上げて目を合わせる。


「小戸森……」


「……八尋。ありがとう」


 小戸森はただひたすらに走った。

 だがその頃、春夏秋は池の近くで一条と向かい合っていた。


(小戸森……)


 春夏秋はその場から去りたかった。だが、彼女は去れなかった。


 ーー小戸森も春夏秋も優しいんだ。


 動かない春夏秋に、一条は一歩一歩進みながら声を張り上げる。


「春夏秋さん。あのー、俺と……付き合ってくださーー」


「春夏秋」


 その声の主は、先ほどまで屋上にいた小戸森であった。

 春夏秋は小戸森の顔を見ると、


「小戸森」


「春夏秋」


 春夏秋は小戸森の手を掴み、そのままどこかへと走り去ってしまった。二人はそのまま遠くへと走り、いつしか森の深い場所まで進んでいた。


「結構、深いところまで来ちゃったね」


「ああ。どこだろうな……」


 長い沈黙を隠すように、蝉が静かに泣いている。季節でもないというのに。


(八尋。お前は俺の背中を押してくれた。だかた期待に応えるよ)


「春夏秋。俺はさ……」


「小戸森。どうして私は走っちゃったんだろう」


「……」


「小戸森。何かあった?」


 春夏秋は小戸森の目を凝視する。その目は、きっと苦難の選択を選んだからこそできる目だ。


「小戸森。目、閉じて」


 小戸森は言われるがままに目を閉じる。

 すると、小戸森の頬に触れられている感触が走り、唇には優しい温かさが生まれた。


「小戸森……。私は、小戸森が好き」


「俺も、春夏秋が好き。だからーー」


「うん。いいよ」


 ーー卒業式

 そろぞれの思いが、様々な終着点を迎える日。


「卒業だ」


「もしもこの先、私たちにどれほどの壁に阻まれようとも、私はあなたとなら歩めると思うよ」


「ああ。俺もお前がいてくれるなら、誰よりも頑張れる」


「「じゃあ進もう。二人の道を」」


 ※※※


「あれから結構経ったか」


「そうだね。正直、修学旅行での出来事は今でも鮮明に思い出せるよ」


「あの出来事があったお陰で、俺たちは結ばれたからな」


「私、やっぱあなたを信じて良かったよ。今がこんなに楽しいものになるなんて、思いもしていなかったんだから」


「では、そろそろ仕事だ」


「いってらっしゃい。牡丹」

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