第31話 卒業

 思い返してみれば、この一年はあっという間だった。


 本格的に景と千代のマネージャーを始めたのは高校2年の3学期からで、学校での思い出と言えば文化祭、体育祭くらいだ。


 出席日数によって卒業できないという危機に見舞われた時期もあったが、何とか今日卒業式を迎えた。


 いつものように朝起きて、コーヒーを飲み、メールを確認してから景を起こし、千代と三人でわざわざ遠回りをして学校に行く。


 最後の最後まで景は自発的に起きてくれなかったが、こんなことをするのも今日で最後だ。


 卒業生は在校生より早く来ることになっていたのだが、景と千代が一緒に行きたいとのことで少し早く家を出た。


「お兄ちゃん、今日で卒業か~」


 千代は登校中、そんなことをつぶやいた。


「あっという間だったな~」


 俺はスカスカのバッグを前後に振りながらそう答えた。


 普段から朝はそんなに会話があるわけではないが、今日の登校中の会話はそれだけだった。


 景はまだ眠そうな顔をしている。


 思えば、遠回りをしているこの道もあっという間だ。


 学校につくと「じゃあまた後で」、と千代が言い校門で解散した。


 俺は他のみんなと比べてやけにきれいなスリッパを靴箱から取り出し、教室に向かった。


「おお日向、今日は学校来たのか!」


 教室の扉を開けるとすぐ目の前に尾朝がいた。


「さすがに今日来ないとまずいだろ」


 木村が隣で笑いながらそう言った。


「まあな」


 俺は自分の席に座って、バッグを掛けた。


 自分の席から見る景色はこんなものだったっけ?


 そんな疑問が頭をよぎるが、今日で最後だからどうってことない。


 十分ほどして、担任が教室に入ってきた。


「はーい皆おはよう!」


 元気よく挨拶をした先生は、その後簡単に今日の流れを説明し、みんなに花を配った。


「それを胸のところにつけてね!」


 裏には安全ピンがつけられており、制服の胸ポケットに差し込むことができた。


「なんか、これつけると一気に卒業って感じだよね!」


「うわあ、びっくりした・・」


 突然後ろから聞き覚えのある声がしたと思ったら、板谷だった。


「お前、後ろの席だったのかよ」


「ええ、今さら! 二か月くらいここですけど?!」


「そうだったのか」


「そうだったのかって。席替えしたその日に、席近いね~って会話したじゃんか」


 俺は自分の記憶を遡ってみた。


「ああ、そういえばそんな会話したような・・・」


 板谷は口先をとがらせて、前のめりになった身体を元に戻した。


 そんな会話をしているうちに先生の話が終わり、十分後に体育館に集合になった。


「おーい日向! いくぞ」


 体育館シューズを頭の上に乗せた木部が、教室の前の方で呼んでいた。






 それにしても卒業式とか始業式とか、式のつくものは退屈で仕方がない。


 だらだら長話をして、見たこともない大人が花を送り、全く知らない二年生に言葉を贈られる。


 何とも奇妙な式だ。


 でも、おそらくこんなことを考えている卒業生は俺だけだろう。


 卒業生代表があいさつをし始めた頃から、ちらほらと鼻をすする音が聞こえてくる。


 まともに三年間高校に通った生徒からすると、卒業は本当に寂しく、思いであるものなんだろう。


 ふと、景と千代が頭に浮かんだ。


 あの二人は、卒業式で泣くだろうか。


 景と千代も俺と同じような境遇にある。いやむしろ俺より出席してないんじゃないのか?


 二人はそれについて別段いやな感じはしないが、たまに思うことがある。


 もしあの二人が普通の高校生として生活していたら、どんな人生を送っていたのだろう。


 あの可愛さだから、モテモテで彼氏もいただろうし、頭も悪くないから今より勉強時間が増えれば成績もそこそこだろう。部活に入って良い成績を残していたかもしれない。


 景と千代は(俺もだが)、幼くして両親を失った。


 にもかかわらずこれほどまでに強く生きている。


 俺はそんな二人の支えに、親の代わりになれただろうか。


 そんなことを考えていると、目に涙がたまってきた。


 俺は慌てて制服の袖で涙を吸収した。


 顔をあげると、まだ知らない人が話をしていた。


 周りの生徒も少しばかり、飽きてきているように感じる。


 一度だけ板谷と目が合ったが、卒業式自体は特に何事もなく終了した。






 今年の三月はやけに暖かく、すでに桜が咲いている。


 この時期にこれだけ咲いていると、新入生は桜が全て落ちた頃に入学することになるだろう。


 時折吹く風が、大きな木を揺らし、その花びらを宙に舞わせていた。


 俺は中庭の噴水の周りを囲むようにしておいてあるベンチに、尾朝とよこなな、板谷と一緒に座っていた。(よこななは立っていたが、それでも俺たちと目線は変わらなかった)


「尾朝は就職するんだっけ?」


 よこななが卒業証書の入った筒をバットのように振り回しながら言った。


「おお、そうよ! つってもすぐそこにある小さな会社だから生活は大して変わんねーけどな」


 尾朝はベンチの背もたれにかけて、空を見上げていた。


「だには県外の専門だろ?」


「そう! 美容師の!」


 板谷が急に立ち上がったのでベンチが後ろに傾いた。


「やっと念願の一人暮らしができる~」


「え~一人暮らしとかできんの?」


「できるよ!!」


 板谷とよこななは筒でフェンシングをしながらそんな会話をしている。


 隣に座っている尾朝がその光景を見ながら、思い立ったように口を開いた。


「日向は進路、あれでよかったのか?」


 突然噴水が吹き出し、周りにいた生徒たちがざわめきだす。


 フェンシングをしていた二人も止まって、噴水を見ている。


「ああ、あれでいいんだよ」


 俺もまた、その噴水を見ながら答えた。


「ねえ見て! 噴水!」


 いつもハイテンションな板谷は、今日はハイ過ぎて小学生みたいなことを言っている。


 小学生みたいな体型のよこななは、板谷を放っておいてベンチに座った。


「今日は皆打ち上げ来るの??」


「俺は行くぞ」


 尾朝が瞬時にそう答えた。


「だよね~。日向君は?」


「うーん、今日は無理かな」


「今日はって、お前はいつも無理だろ。どうせ妹だろ?」


 尾朝は俺の肩をつつきながらそういった。


 俺は「まあな」とだけ答えて、はしゃぐ板谷を見ていた。


 すると板谷も突然振り返って、俺を指さした。


「そういえば日向君、卒業式の時泣いてたよ!」


「え、ほんとに!!」


「まじかよ!」


「いやいや、泣いてない!」


「嘘だ! 私みたもん、日向君が涙ぬぐうの」


「いや、あれは・・・」


 泣いていたのは事実だから、つい言葉が詰まってしまった。


「あー、やっぱり泣いてたんだ!」


 よこななと尾朝がこれでもかといわんばかりにおちょくってくる。


「ああ!! わかったわかった! 泣いてたよ! これでいいか!」


「あははははは!」


 高校生活最後の最後で、ひどい目にあってしまった。






 それから一時間ほど、みんなと最後の時間を過ごした。


 自転車に乗って帰る人もちらほら見かけるようになり、みんなも打ち上げに行く時間になったので解散することになった。


 俺は景と千代を待つからまだここにいると言い、みんなに別れを告げた。


「じゃあな日向。たまには連絡しろよ!」


「家近いんだからまた遊びに行くね!」


 だんだん遠ざかっていく尾朝たちに、大きく手を振った。


 俺は校門の前にある花壇のようなところに腰かけて、スマホを取り出した。


 そして千代に校門の前にいるとラインを送っておいた。


 すると数分立たないうちに景と千代が校門にやってきた。


「お待たせ~お兄ちゃん」


「兄さん、なんでそんなところに座っているの?」


「景ちゃん、今日初めて会話したのにそれはひどくない?」


 冷めた表情で俺を見つめる景は、俺の言葉を無視して校門を出た。


「じゃあ、帰ろっか」


 千代は俺と景の間に入ってきて、二人の手を握って引っ張って行った。






 午前中に終わったので空は高く、雲一つない快晴だった。


 暑くもなく寒くもない、ちょうどいい気温だ。


 日曜日の昼は意外と人が少なく、車もほとんど通らない。


「はあ~、卒業式ってなんであんなに疲れるんだろう」


 景がため息をつきながらそういった。


「だよね~」


 千代も力の抜けた声でそう言った。


「やっぱ俺たち兄妹だな」


 俺がそういうと景が、


「どういうこと?」、と不思議そうな表情で言った。


「いや別に?」


 学校から家までの、ほんの数分の道をだらだらと歩きながら帰る俺たち兄妹は、他の人から見ればどう映っているのだろうか。


 時折同じ学校の生徒が自転車で追い抜いて行き、心地よい風を浴びながら髪をなびかせている。


 ふと、千代が俺の顔を覗き込んで聞いた。


「お兄ちゃんは打ち上げ行かなくてよかったの?」


「別にいいよ」、と俺は答えた。


「兄さんは友達より妹を優先するシスコンだもの」


「景ちゃん今日はよくしゃべるね」


 景の俺に対する発言は日に日に辛辣になっている。この前それについて板谷に聞いたら、そういう時期だそうだ。


 それから俺たちは特にこれといった話題もなく、だらだらと家まで歩き続けた。






「じゃあ改めて、お兄ちゃん、卒業おめでとう!」


「おめでとう」


 二人はいつの間にか用意していたクラッカーを同時に鳴らした。


「ありがとう」


 俺は持たされたワイングラスを傾けて、一気に飲み干した。(もちろんジュースなのだが)


 今日は家でパーティーをしたいと二人が言いだし、準備をするからしばらく部屋から出ているといわれ30分ほど風呂に閉じこもり、出てくるとずいぶんリビングが飾られていた。


 テーブルにはチキンやピザ、ケーキや寿司が置いてあり、色鮮やかな風船があちこちに付いている。


「まさかお兄ちゃんが卒業とはね~」


「おい、なんだその言い方は。俺だって卒業くらいできるわ」


「ふーん」


 三人で食べ物を頬張りながら、他愛もない会話をした。


 これまでの仕事のことや、文化祭のこと、家にみんなが来た時のことや景の朝のこと。


 そんな普段の会話が、なぜか今晩は盛り上がった。


 景も今日はよくしゃべったし、千代は相変わらずマシンガントークだった。


 板谷を呼ぼうかと言う話にもなったが、たぶん打ち上げに行っているのだろうという事で無しになった。


 豪華な食事をしながら、二時間ほどそのまましゃべり続けた。


 そしてやっとのことでコーヒーとケーキにたどり着いた時だった。


 景がふと、口を開いた。


「兄さん、ほんとにこれから・・・」


 しかし景はそこまで言って、やめた。


 にぎやかだった部屋が急に静まり返る。


 千代はその空気を何とかしようとしたのか、わざとらしく大きな声でケーキを食べた。


「わあ、このケーキおいしい!」


「ほんとだな」


 俺も一口ケーキを口に運んだ。


 景は浮かない表情で、ケーキにフォークを刺した。


 それから特に会話はなかった。






 次の日の朝。


 在校生は登校日だった。


 特に変わったこともなく、いつものように起き、景を起こし、朝食を食べた。


 変わったことと言えば、学校の準備がない分メールチェックの時間が増えたくらいだ。


「お兄ちゃん、明日の分のパン無くなってるから買っておいてね」


「ああ、わかった」


「兄さん、私のメロンパンも」


「ああ、わかってるよ」


 ゆっくりと口を動かし、マイペースで準備をする景を促し、時折時計を確認しながらなんとか準備を終えた。


「よし、これでオッケー」


 千代はすでに玄関に出ている。


 俺は景にバッグを持たせ、玄関に向かった。


「じゃあお兄ちゃん」


 千代と景は玄関に並んで、俺の方を見た。


「いこっか!」


 二人はにっこり笑って、扉を開けた。


 俺も微笑み返して、靴を履いた。


「行くか!」


 車のキーをもって、外に出た。




 高校を卒業した俺は、今日から二人の専属マネージャーになる。


 色々考えたが、二人を最大限に輝かせ、支えることが俺にとって一番重要で、やりたいことだ。


 だから俺は今日からふたりのマネージャーとして、景と千代の兄として、どこまでも進んでいこうと思う。


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