第30話 そして幕は下りる

 長いようで短い一日を終え、俺たちはすでに太陽の沈んだ街を歩いていた。


 卒業ライブは無事成功したといえるだろう。


 問題があったとすれば、ライブが終わった後の記念写真撮影でひたすら人に囲まれ、千代はあの小さな建物内で迷子になり、景は役から我に返ったとたん恥ずかしくてトイレに籠り、板谷は責任者であるが故一階のピザ屋さんからのクレームに対応していてなかなか帰ることができなかったことくらいだ。


 でもそれも全部含めて、いつの日か板谷が言っていたように「思い出」にはなったと思う。


 春はもうすぐだが、まだ夜は肌寒く街の明かりにぬくもりを感じる。


 俺たち四人はライブハウスから歩いて駅に向かうところだった。


「ほんとに大変だったんだから~。去年に比べて今年は騒ぎ過ぎだー!ってピザ屋さんに怒られたんだよ?」


 板谷は道に転がる小石を蹴飛ばしながら愚痴を言っている。


「確かに今年は異常なくらい盛り上がりましたねー」


 千代は自分のせいだと気づいてないのか、呑気なことを言っている。


 俺たちが出演するまでは普通の盛り上がりだった。


 しかし景と千代の人気は確かなもので、それまでは床が抜けるとか心配していたが、観客のあまりの熱狂ぶりに建物が木っ端微塵になるのではという心配に変わった。


「来年もあそこでできるとは思わないほうがいいな」


「なんでそんなこと言うの日向君!」


 本当に朝からテンションの変わらないやつだ。


「そういえば、よこななと尾朝、木村君たちも来てたよね?」


 ふと思い出したように板谷が言った。


「あーそういえばいたな。なんかペンライトぶん回してたような」


「そうそう! 前日にメールで絶対見に行くから楽しみにしとけってきたの!」


 さっきまでグチグチ文句を言っていたのに、もう切り替えているこいつの頭はどうなってるんだ?


「兄さん、どうして今日は来るまで来なかったの? 私疲れたんだけど」


 上半身をふらつかせながら歩く景は、ゆらゆらと揺れる腕を俺にぶつけながら言った。


「この距離だし、駅前って車混むだろ?」


「ふーーん」


 景はどちらかというと精神的に疲れているように見えた。


 千代がそのふらついた腕をがっしりつかんで抱きしめ、景の体を支えた。


「それで、これからどうするの?」


「うーん、もうこんな時間だし、適当に飯でも食って帰るか」


 ライブの終了時間は八時ごろだったが、なんやかんやで今は10時になろうとしている。


 ふらふらしていた景が急に姿勢を正し、


「私、お肉が食べたい。最近撮影で簡素なものしか食べられなかったから」


 というと、千代もそれに便乗した。


「私も肉食べたーい!」


「お前らホント好きだな。というか景が簡素なものしか食べられなかったのは、撮影日なのにギリギリまで寝て時間がなかったからだろ?」


「む」


 景はそっぽ向いて、知らないとでも言わんばかりの態度をとっている。


「まあ、今日は頑張ったんだし、焼き肉でも行こうよ!」


 板谷は拳を高くつき上げ、声を張り上げた。


「そうだな、今日は板谷の給料日だし、焼き肉行くか」


「やったー!」


 三人は喜んだが、しばらくして板谷がちょっと待ったーと言って遮った。


「それだと私の給料で食べに行くみたいじゃん? ここはやっぱり二人の兄である日向君が出すべきでは?」


「いやいや、関係ないだろ。今日は板谷も参加してるんだし、あのライブの責任者はお前だろ? こういうのは立場が上の人がおごるんだよ」


「えー!! そ、そんなことないよね? 千代ちゃん、景ちゃん!」


「うーん、私は食べれたらなんでもいいよ~!」


「私も」


「さ、行こうか!」


「も―! あんたたち兄妹は全く!!」


 こうして高校生最後の思い出作りは、板谷のおごりで幕を閉じた。

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