第25話 需要は分からない

 いつの日か話題に出た動画投稿サイト、YaeTube。


 数か月前、妹たちと板谷が何やら始めようとしていたのは見かけたが、年が明けた今、いつの間にか一本目の動画が投稿されていた。


 その動画のタイトルは・・・「女優、日向景のモーニングルーティーン」


 この動画は公開して一週間足らずで100万回再生され、ネットニュースの一面になった。


 兄、兼マネージャーの俺からすると、あの自堕落な生活のどこに需要があるのか全く理解できないのだが、芝居をしている時とのギャップがファンを惹きつけたそうだ。


「お姉ちゃんすごいね~」


 スマホ画面を見ながら他人事のように言う千代。


「いつの間にこんなの撮っていたの・・・」


 身に覚えのない景。


「やっぱり景ちゃんならいけると思った!」


 おそらく犯人であろう板谷。


 どうやら板谷と千代が二人でたくらんだ事だったのだろう。


 カメラのアングルも、ドアの隙間や物陰、ポケットの中など、明らかに盗撮したと思われる証拠がいくつもある。


「じゃあ、私たち行ってくる」


「ああ、気をつけてな」


 そう言って、景と千代は家を出ていった。


 俺はいつものように、リビングのテーブルに書類を目一杯広げて仕事をしていた。


「お前、よく動画の編集とかできたな」


 向かいに座って作業をしている板谷に聞いた。


「ふふん。実は去年からひそかに勉強していたのだよ!」


 やけに縁の大きな眼鏡をくいっと指で上げ、誇らしげに言った。


「だから突然パソコンほしいとか言い出したのか」


「そういうこと」


 カタカタと二人でキーボードをたたきながら、作業を続ける。


 珍しく今日は、景と千代が二人とも仕事で、俺が付き添う必要もなかった。


 年末年始の忙しい時期も何とか過ぎ去り、やっと落ち着いたところだった。


「実は、次の動画ももう撮ってあるの」


 板谷はノートパソコンをクルッと回転させて、俺の方に向けた。


「へ~、意外と計画的にやってるんだな・・・って、これはなんだ」


 板谷のノートパソコンには景と千代が映っているのだが、何かおかしなポーズをとっていた。


「知らないの? いわゆる踊ってみたってやつだよ」


「へ、へ~、あれか、うん。知ってる」


「絶対知らないでしょ」


 そういいながら、板谷は再生ボタンを押した。


「まだ編集途中なんだけどね~」


 軽快なリズムを刻む音楽に、景と千代が並んで踊りだす。


 しかし、30秒ほどたったところで違和感に気付いた。


「おい、もしかして・・」


 板谷も察したのか、


「うん、そのまさかよ」


 といい、動画を止めた。


「景ちゃん、とてつもなくダンスが下手なの」


 何となく、景はそういうの不器用だと思っていたが、ここまでとは。


 身軽に動く千代に比べて、景は何というか、ロボットに近い。


 俺は何といえばいいか、言葉が出なかった。


 ここに景がいなかったことが幸いだ。


「で、これどうするの?」


「どうするって? 普通に投稿するけど?」


「本気か? これはまずいだろ」


 このへたっぷりは、景のイメージダウンにつながりかねない。


 しかし、板谷はいたって真剣だった。


「まあ、これはこれでギャップってやつ? ほら、前回の動画もめちゃ人気出てたじゃん!」


「まあ、そうだけど」


「大丈夫だって!」


 半ば強引に押し切られたが、結局その動画は投稿されることになった。






 数日後。


 例の踊ってみた動画は、前回の動画の視聴回数をはるかに上回り、今では300万回再生を超えている。


 そして、景は一度もその動画を見ようとはしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る