第26話 卒業ライブ

 どんな人にも、時間は平等に与えられている。


 学生も、社会人も、皆一日は24時間で、一年は365日だ。


 そして俺の時間も同じように過ぎていく。


 卒業。


 それは誰もが避けられないイベントであり、いずれ訪れるものである。


 年が明けて、現在は一月が終わろうとしている。


 三年生はほとんど授業がなく、自由登校期間に突入する。


 うちの高校は商業高校ということもあり、半分の生徒は就職、もう半分は進学といった形だ。


「板谷は進学だったよな?」


 この自由登校期間をいいことに、最近はとことん板谷をこき使っている。


「そだよ~。でも近くの専門学校だから、この仕事の手伝いは続けられるよ!」


 ノートパソコンと電卓を交互にたたきながら答える板谷。


 最近会計処理を教えたことで、俺の仕事は一気に楽になった。


 さすがは商業高校生といったところか、こういった仕事には慣れている。


 平日の昼下がり、朝から二人で作業を続ける俺たちは、暖房の効いた部屋でそんな雑談をしていた。


「よこななは県外の大学に行くんだって~」


「へ~」


 普段クラスに関心を持たない俺にとって、板谷は貴重な情報源になりつつあった。


「あと、尾朝は就職。木村は野球の推薦で県外に行くって」


「野球か~。俺はスポーツ推薦あまり賛成じゃないけどな~」


「あ、また言ってる」


「そうだっけ?」


「そうだよ。てか日向君、私との会話基本的にテキトーですよ?」


 すこし怒った口調でそう言った板谷は、最後にエンターキーをパチンと鳴らして、パソコンを閉じた。


「そういえば、日向君は進路、あれでよかったの?」


 何気ない板谷の一言が、しばらくの沈黙を呼んだ。


 俺はキーボードをたたく手を止めて、静かに答えた。


「ああ、あれがベストだろう。俺にとっても、二人にとっても・・・」


「・・・・・・」


 暖房のブオオンという雑音だけが聞こえてくる。


 親のいない俺たち兄妹にとって、俺は二人の親みたいなものだ。


 今までそう思っていた。


 でも、景と千代ももう大人だ。


 一人で学校に行けるし、仕事にも行ける。飯も作れるし、家事もできる。


 当たり前のことだけど、何となく子の成長に対する親の複雑な心境が理解できた気がする。


「でも暇だよね~」


 気を使ったのか、板谷がやけに大きな声で言い出した。


「進路決まった組からすると、この期間すごくもったいないと思わない?」


「仕事出来るからいいじゃん」


「仕事ができてうれしい高校生は日向君くらいだから! 普通の高校生はこんなに過重労働じゃないから!」


 そういえばそうだな。高校入学した時からこんなだから、逆に仕事をしていないほうが不思議な感じがする。


 板谷は大きく伸びをして、椅子の背もたれに身体を預けた。


「三年生はもうイベントもないし、最後に何か思い出作りでもしたいな~」


 思い出、か。


 学校の行事にほとんど顔を出さなかった俺からすると、思い出なんて教室で勉強してたことか居眠りしてたことくらいしかない。


 ふと、思い出したように板谷が手をたたいた。


「あるじゃん、イベント!」


「え? あったっけ?」


 スマホを素早く操作する板谷は、一枚のチラシの画像を俺に見せた。


「卒業ライブ?」


「そう! 駅前のライブハウス借りて、毎年やってるやつ!」 


 そういえば去年千代が行ったとか行ってないとか・・・


「三月二十日だって! まだまだ先だけど」


「ふーん」


「なに、日向君行かないの?」


「どうせ仕事だろ」


「え~最後くらい行こうよ~」


 子供のような駄々のこね方をする板谷。


 その表情は突然、悪だくみの顔になった。


「そうだ! 三人ででればいいじゃん!」


「は?」


「ほら、日向君ギターできるでしょ?」


「まあ、すこしなら」


「それで、千代ちゃんは歌うたえるでしょ? 景ちゃんはこの前ドラマでドラム叩いてたじゃん」


 こいつ、よく覚えてるな。


「ね! いい考えだと思わない?」


「うーん」


 いやなわけじゃないが、本音を言うと面倒だ。


 でも、最後に何かしたいという気持ちはある。


「じゃあさ、景ちゃんと千代ちゃんがオッケーしたらでようよ! 私がマネージャーになってあげる!」


 やけにテンションの高い板谷。


「まあ、二人がいいって言うなら」


「はい、きまりね!」


 スマホ画面をみながら、何やら入力し始める板谷。


 一段落ついた俺は、パソコンを閉じて窓の外を見た。


 まだまだ冬はこれからといった景色で、人々は厚着をしている。


 でも、どこかにこの時間が続けばいいのにと思う自分がいた。


「卒業か」 

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