第21話 修羅場の平日
「おはよ~」
「おはようございます」
「あれ、京介は?」
「兄さんは今修羅場だそうです」
「?」
火曜日の朝。
今日は平日だが、学校の創立記念日で休みだ。
しかし、社会にとってそんなものは関係ない。
俺にとって平日の休みは、日々降りかかる仕事をまとめて終わらせることができる、貴重な時間なのだ。
だからみんなが休んでいる中、俺は朝からテーブルいっぱいに書類を広げて、パソコンを開き、カフェインで無理やり目を覚まし、鳴り止まない電話に対応しているのだ。
「よー京介、やってんな~」
にもかかわらず、尾朝、よこなな、板谷、木部はお構いなしにやってくる。
リビングに入ってくる4人の声を聞き流しながら、パソコン画面に入り込むように作業を続ける。
はっきり言って、今は結構ピンチだ。
明日までにホームページの更新をして、イベントの企画書を製作し、会計の月末処理をし、取材依頼のスケジュール調整をして、景の次の仕事を決めて、千代のファンサイトの確認をしなければならない。
「お兄ちゃん、今日は相当忙しいみたい」
千代が上の部屋から降りてきてみんなに言った。
「へ~、日向君ってほんとに働いてたんだ」
よこななはコートを脱ぎながら言った。
テーブルを書類で散らかしている俺を見て、みんなは椅子に荷物を置いて床に座った。
「それで先輩たち、今日は何をしに?」
千代がみんなにお茶を配りながら言った。
「もちろん、千代ちゃんに会いに!」
木部がお茶を配る千代を決め顔で見ながら言った。
「あはは、でも私昼から仕事なんです」
あからさまな愛想笑いをする千代だが、木部はおそらく気づいていない。
「まあ暇だから、京介の家広いし」
尾朝が言った本音は、忙しい俺の耳にも届いた。
「そうですか、ゆっくりしていってください」
お茶を配り終えた千代は、テーブルの上に置かれた書類を眺めている。
しばらく作業を続けていると、再び電話が鳴った。
「もしもし、日向です」
どうせくだらない仕事の依頼だろう。
「日向君って、ほんとにすごいよね~」
電話をする俺をみて、よこななが言った。
「すごいってなんだよ」
尾朝がお茶を飲みながらよこななにツッコんだ。
「だってさ、私たちと同い年であんなに仕事して、こんな立派なマンションに住んでるんだよ?」
「確かにな~」
みんなはいまさら感心したように頷いた。
「勉強もできるし、正直顔も悪くない。なんで彼女がいないのか不思議だよな」
木村が床に広げたスナック菓子に手を伸ばす。
「シスコンだからでしょ」
「シスコンだからな」
「確かにな~」
「はい、承知しました。では近々伺います。はい、よろしくお願いします」
俺は電話を切って、4人を睨んだ。
「お前ら、聞こえてんぞ」
4人はギクッとし、そろって視線を逸らす。
「全く、お前らうちをなんだと思ってんだ?」
俺はみんなが座っている輪に入り込み、スナック菓子を口に放り込む。
「日向んちは部室みたいなもんだ。部室は学校内だが自分の部屋みたいに落ち着くし、行けばみんながいる」
「人の家を部室にするな!」
よこななが隣であははと笑っている。
俺は木村のお茶をグイっと飲み干した。
「それで、何しに来たんだよ」
来て早々、自宅のようなくつろぎを見せる皆に俺は質問した。
「部室は、特に用事がなくてもいくだろ!」
木部が親指を立てて言った。
「うるせえ、それはお前んとこの卓球部だけだ。なんで卓球部の部室にはボードゲームとかカードがいっぱいあるんだよ」
「あれも部活の一環だ。うん、部員との信頼関係を築くための」
もっともらしいことを言う木部だが、実際卓球部はほとんど部室でゲームをしてる。
「お兄ちゃん、今の電話なんだったの?」
千代が俺の背中にのしかかりながら聞いてきた。
「ああ、それがさ」
俺はテーブルに広げた資料の一つをとって、千代に渡す。
「これは、テレビ番組?」
「ああ、夜にやってるバラエティ番組あるだろ。あれに千代と景で出ませんかって」
「ええ!テレビ!?」
木部が急に大声をあげた。
「なんだようるせえな」
「おれ、千代ちゃんが出るなら絶対見るよ!」
「いやまだ決まったわけじゃ」
「録画もする!」
「いやだから」
「やったな!」
木部はなぜか興奮している。
「千代、熱狂的なファンができて良かったな」
「そうだね」
また千代が心のこもっていない愛想笑いをした。
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