第6話 真桜
振り返りつつ走って、隠れて、また振り返って。
未だ少女に見つかった気配はない。
見つかったら最期、一瞬で距離を詰められて終わりだ。
逃げ続けるのにもムリがある。
隠れつつ動いているとはいえ、日頃ゲームばかりしていた「隠れ自宅警備員」の俺の体力はそろそろ限界である。
どこかに町とか民家があって、かくまってもらえたりはしないだろうか。
それが一番俺が安全でいられる手段だと思える。
ここに来て闇雲に走り出したことを後悔した。
藪に隠れたことで着ていた制服はボロボロの破れ放題。
限界を迎えて震えが止まらない足をぶん殴りつつ進んだ。
どうせ町とか住宅がある方角だってわからないんだから、進むしかない。
もうすぐ異世界の太陽が沈む頃。
ついにどんな力で殴っても足が一歩も動かなくなった。
果てしなく続くような広大な草原で立ち往生だ。
倒れて休むにしても、草原のど真ん中で寝ることは危険すぎる(追われていようがいまいがそれはそうだろう)。
近くにあった藪に匍匐前進で滑り込んだ。
これでひとまずは安心だろう。
途端に押し寄せる睡魔、空腹、その他もろもろ。
なるべく息を殺しながら地面に身を投げ出した。
藪の中は、雑草類の葉やらが顔に当たってすごく痛い。でも、ここが俺の安全地帯(仮)だ。
夜になったら悪い大人とか、猛獣とか、ゲームで言うところのモンスターが活動し始めるだろう。
寝たら死ぬかもしれない。けどもう寝ないと死ぬ。
目の前に起こっていることが、夢なのか、本当に現実なのか、わからなくなってきた。
なんで俺がこんな目に合うんだろう。
背負いたくもない人類背負って、
迫りくるバケモノから逃げ回って、
異世界なのにチートはおろか魔法もないなんて。
「そもそもあっちの世界助ける理由‥‥ないよな」
無意識にこんなことを呟いていた。
「えっ‥‥なんでここにいるの⁈」
上から降りかかってきた高い声で飛び起きた。
真桜の声。紛うことなき真桜の声だ。
目の前に、真桜がいる。
ずっと会いたかったのに、笑って再会とはいかなかった。
真桜は泣きそうな顔で俺を覗き込んでいる。
「ごめん真桜。俺も自殺した。」
その真っ直ぐな瞳は、紛う事なき生前のもの。
耐えきれなくなって言ってしまった。
「そんな‥‥!」
目の前の真桜は涙を流している。
「耐えられなかったんだよ!なんで急に自殺なんかしたんだよ⁈昨日‥‥彼女になってくれたばかりだったじゃないか!」
そう、つい昨日のことだ。
頑張って告白したのに。
やっとただの幼馴染みじゃなくなったのに。
真桜はそのまま俯いてしまった。
「ごめんなさい。ごめんじゃ済まされないと思うけど‥‥それでも、伝えたいことがあるの。」
真桜は心底怯え切った表情で顔を上げた。
「私、生きてるんだよ。ここがどこか、検討もつかないし、私が今どんな状態なのかもわからない。ずっと暗闇の中なの。でも、生きてるんだよ!だからお願い、助けて欲しいの‥‥。」
「生きてるって‥‥暗闇の中って⁈」
目の前にいる真桜の頬にそっと触ろうとする。
しかし、手は真桜を貫通して虚しく空を切った。
「閉じ込められてるとかか⁈」
「わからない。ずっと声が聞こえるの。賢司郎くんの名前‥‥呼んでた。怖いよ‥‥!」
なんで‥。
会えたのに、触れられない。
待っていたのは更なる絶望だけだった。
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