第5話 刺客少女

カシャっという音が止まった。


焼け焦げた森はまだ煙が燻っていて、目が痛い。

ナイフがあると言っても、俺はその道において全くのど素人。

なぜ神にあんなことが言えたのか、今になって笑えるほどに疑問だ。


神は一年後に会おうと言った。

初見殺しと言っても、本当に殺すだろうか?


本当に殺すのだとしたら、自分の言葉を簡単に信じた俺を近くで嘲笑している筈だ。


薄い煙の向こう、神よりもひと回り小さい人影がゆらりと見えた。


俺でも分かるほど強い殺気を感じる。

これは、よくて半殺しにされそうだ。


汗ばむ手でナイフの柄をギュッと握った。

百合の花の紋章があしらわれた若干厨二臭いデザインの柄。

自分を殺した時のように冷静になれない。


カタカタと震える剣先を影に向けた。


その瞬間だった。


いきなり煙が音を立てて晴れ、この世の物とは思えないほどの速さで少女が飛んできた。


反射で瞬きをした時には、もう目と鼻の先にその子がいた。

しかも、飛んできたのが嘘のようにピシッと気をつけの姿勢で目の前にいるのは、

白いフリル付きのワンピースを着た小さな女の子。


勢いと恐怖で、俺は後ろにへたり込んでしまった。

ナイフもそのまま取り落とした。


「あ‥‥‥えぇ‥‥?」

我ながら情けない声を出して後退りする。

いくらコソコソ動いても少女の宝石のような青い瞳が俺から外れることはなかった。


「落としましたよ。」

少女の声が上から降ってきた。

見上げるとさっき落としたはずのナイフを少女が持っている。

少女はそっと俺にナイフを返してくれた。


「あっ‥‥ありがとうございます‥‥」


大慌てでナイフを受け取ると、未だに恐怖で震える俺の手を取って少女が立たせてくれた。


「え‥いいんですか?刺客とかじゃないんですか?」

「‥‥はい。初日に死んだらなんかつまんないから半殺しにしてきて、と言われました。」

青い瞳の少女は真顔でサラリといった。

不気味なほど抑揚のない喋り方だ。


「あの‥できればやめてほしいな‥‥半殺しの件についてさ‥‥。」

「はい‥‥できません。」

「そこをなんとか。別に俺は君に何もしないし‥‥ね?」


少女は会話の最中にみるみる難しい顔になっていった。

「できません、と言うのはですね。なぜか攻撃できないのです。」

「‥‥ありがとうございます」

「ありがとうじゃないですよ。ミスしたら私が壊されてしまうのに‥‥。」


少女はフリルの付いた裾をぎぃぃっと握って、

ぼろぼろ泣き出してしまった。


この娘は神の刺客なのに、なぜか申し訳ない気持ちに駆られてしまう。


「ん?壊されるって‥‥?」

精神をぶっ壊されて洗脳、再教育され無人格の殺戮マシンにでもされてしまうのだろうか。

いや、流石にそんな某宇宙戦争のダークサイドみたいなことはしないか。


「やだ‥‥壊されたくないよ。なんで攻撃できないの‥?この人‥賢司郎くん‥‥‥?」

「え、君まで名前知ってるの?」

「‥‥エラー。再起動します。」


少女は焼け野原の真ん中で、裾を握りしめたまま倒れてしまった。

目も開いたままになっている。

死んでしまった感じでは無さそうだが‥。


好機。

例えちょっとおかしくなっていても、目が覚めたら俺を半殺しにするに決まっている。


あのままの勢いで体当たりされたらどうなる。

ましてや神は俺以外魔法が使えると言った。

ハッタリの可能性もある。

けどそれを試すにはリスクが高すぎる。


俺がかなう相手じゃない。


俺はナイフを握りしめたまま走った。

行くあてなんて知らない。

ただただ、森から離れられれば‥‥‥。
























  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る