第2話 このナイフを突き立てるべきは‥

ぼやっと俺の目に光が戻ってきた。


あーあ、気絶したまま夜が明けたのかな。

それとも死にぞこなって病院ベットの上かな。


‥‥天国かな。


朦朧とする意識を振り払って上体を起こした。

一気に視界が開ける。

俺がいるのはなんと病院でも学校でもない。

俺が転げていたのは草原のど真ん中だった。

天国が一番近いか。


「天国なら‥‥あいついるかな?」

恐る恐る手首に触れる。

何事もなかったかのようにしっかり動いた。

痛くない。

ちょっと日焼けした自分の手がずいぶんと気持ち悪く見えた。


ぐるりとそこらを見渡して見ても、草原や森なんかしか目にはうつらない。

勇気出して死んだ割には拍子抜けだなんて、我ながら不謹慎な心理だ。


ここは美しいけれど、天国かはわからない。

天国だとして問題はまおがいるかどうかだし。

メンヘラ的思考に反吐が出そう、けど仕方がない。


とりあえず少し歩こうと思って足を踏み出した瞬間。

俺の身体中を一気に恐怖が駆け抜けた。



柔らかな芝の上に黒々と光るナイフが落ちている。


無意識のうちに震える手でそっと持ち上げた。

血は付いていない。

しかし、このちょっと厨二臭い柄のデザインは、しっかりと覚えていた。


クソ怖い。自分のやったことも、このナイフも。

地獄に落ちるまでこいつはついてきそうな気がした。


「よう、相棒。また死にたくなったら頼むな。」

あからさまな強がりだと、自分でもしっかりわかった。

心にもない言葉が紡がれる。


自分の手首を刺した感触が簡単にフィードバックされる。

結局俺は恐怖でそのナイフを捨てられずに、手に持ちながら歩いていた。



歩いていても意味がないことに気がつくのにそうそう時間は必要なかった。

畜生。生きてても死んでても一人だ。


俺が死んだ意味ってなんだ。

現実から逃げただけじゃないか。

あいつが死んだ現実から。


歩いているうちに不安が焦りと怒りに化けていくのがよくわかった。


方向とかもうてんで滅茶苦茶に歩いた。

変化が訪れたのは1時間経った頃。


俺は森にたどり着いた。


入口に立つ。

あと一歩先はこの草原地帯とは別の世界のように薄暗くて、何もない。


歩きながら、俺はまた次の死のことを考えていた。


あいつに会えるまで死に続ける。

殆ど狂気ともいえる考えに俺は取り憑かれている。


「どうせ死ぬなら‥‥暗いとこで死のう。」

森に一歩入ってナイフを握り直す。

冷たい刃がすっと肌に触れたその時だった。


「いいの?」


森の奥から声がした。

小馬鹿にしたような、無性に苛立つ声だった。


「ほっといて下さい。こんなところ見ない方がいい。」

「まぁいいんだけどさ〜。君の死イコール全人類の死なんだからもうちょっと命大切にしない?」

「はぁ?」

「ほら、ヒーローは人々を見捨てて自殺なんてしないよ‥‥。」


暗さに目が慣れた頃、森の奥深くに人影が見えた。

人影は俺に構わずにイラつく口調で続ける。

「ここはなんでもありの異世界。僕はこの世界の創設者だ。神って呼んでくれていいんだよ?」


突然のことで頭がついていけないのだが、色々ありすぎて俺はもう思考停止しているので、対して気にせずに喋っていた。


「じゃあ、神。俺は全人類だなんて重たいもん背負った覚えは無い。」

「そりゃあね。今僕が背負わせたからね。」

「はぁ?」

「‥君は一年以内に僕を倒すんだ。出来なければ僕は、君がを滅ぼす。そういうルールだ。」


人影は嘲笑うかのように遠くで揺らめいている。

手首に触れていたナイフを離した。


こいつ‥何を言っているのだろう?


















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る