第75話 株式会社化の真意

話はアレクが株式会社を立ち上げようとぶちあげた飲み会に遡る。


「そもそもなぜ駆け出し冒険者が貧しい者が多いかわかるか?」


アレクが全員に向けて問う。この時点ではレイラは未加入だったため、他の四人にだ。


「娼館で使っちまうからじゃねえか?」


「うわ、ギルあんたサイテーだわ」


「俺は行ってねえよ!周りの冒険者がそうだって話!」


たしかにそうした側面はある。駆け出しの冒険者に限って欲望に負け、散財してしまいがちという統計データもあった。


「ドロップアイテムの単価が安いからだろ?」


「正解、ロイの言う通り単純に単価が安いんだ。ではなぜそもそも単価が安いんだ?」


「そんなの決まってるじゃない、弱いモンスターから出るドロップアイテムや浅い階層で手に入るアイテムなんて簡単に手に入るからよ」


ミリアが続けた。その回答は概ねこの世界の常識的な回答であった。しかしアレクの考えは違った。


「半分正解だな。正解は簡単に手に入るからではなく、市場に同じものが溢れているからだ」


「ん?何が違うの?」


「例えばこの街では塩はいくらでも手に入るからそこまで高価ではないが、もっと山奥の村に行くとこの街の数倍の値段で同じ塩が売られていたりする。これば需要と供給の問題で、需要があるのに供給が少ないと物の価値が釣り上がるんだ」


ここまではなんとかギルも付いてこれている。


「つまり初級冒険者はたくさんいて、街には彼らが手に入れられる物で溢れかえっている。だから同じものを取って来ても儲からないってことだね」


「そういうこと。じゃあなぜ中級以上からドロップアイテムの値段が跳ね上がるかわかるか?」


なんとなく全員が答えを察したが、言葉を発しなかった。アレクが続ける。


「答えは初級冒険者の多くが辞めるか、死ぬからだ」


初級冒険者は儲からない。だから皆一刻も早く現状から抜け出そうと自分たちの強さ以上の敵と戦ってしまう。つまりリスク許容度を超えてしまいがちなのである。


ではコツコツ潜り続けることが出来ればいいかと言うとそうではない。安全マージンを充分に取って冒険を続けると次第にリスクを取ることに恐怖を感じるようになってしまう。


つまりボス戦などの大一番で実力を発揮出来なくなるのである。これではいつまで経っても強くなれない。


またリスクは低いと言っても冒険に行くことは死ぬ可能性があることを意味する。回数が増えるほど罠にかかる可能性も上がる。イレギュラーにいつ出会うかは誰にもわからないのだ。


「だから俺たちは一刻も早く中級冒険者にならないといけない。金は稼ぎたいが冒険自体がギャンブルだからなるべく試行回数を減らしたいしな。期待できるリターンが大きいから辞めるのは勿体ないが」


ここまでの話は全員理解出来た。しかし具体的な話がまだだ。代表してルミエラが質問する。


「実際、なにをするの?」


「貴族や商人といった資産家から資金を集める」


アレクの作戦はこうだ。冒険に使う金はわざわざ自分たちで稼ぐ必要はなく、持っている人間の物を利用すればいい。そして出資金額の比率に応じて冒険で得た利益を還元する。


「要は一回の冒険で1億稼げるようになれば9割持っていかれても1千万儲かるだろ?死んで蘇生できないようになったら廃業なんだ。それにチンタラ稼いでもいられない。だったらこの方法でさっさと中級に上がって稼いだほうが効率もいい」


アレクの言うことはもっともなように聞こえる。だが肝心の問題が残っている。


「話はわかったけど、そもそも僕たちに投資しようなんて酔狂な金持ちがいるのかな?まだ駆け出しもいいところだよ?」


ロイの言う通り、パトロンとして冒険者をバックアップしている資産家というのは一定数いる。しかしその冒険者たちは皆が超一流であり、十分な見返りを期待できる者ばかりであった。


「そうだ、だから俺たちは実績を作る必要がある。そしてその実績を引っさげて未来の俺たちに投資してもらうんだ」


アレクは一呼吸空け、話す。


「つまり『グロース投資』だな。俺達は成長性を売り込み、資産家は将来のリターンを見込んで資産を提供する。この形を実現するための株式会社化でもある」


細かな配分の問題などはあるが、こうして計画は始まっていたのだった。

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