第71話 vs ミノタウロス⑦

アレクは縮地を用いてミノタウロスの背後へと高速で回り込む。


「ーーシッ」


そのまま背中を三回斬りつけたが、この部分はまだ体毛に覆われており、傷をつけることが出来ない。


(今、体毛が焼け落ちているのは腹部、頭の一部、それから腕か…)


油のかかりかたにムラがあったからなのか、ミノタウロスの体毛の濃さの問題かわからないが、現状アレクの斬撃が通りそうなのはその3箇所である。


特に腹部はゴッソリ無くなっているため、これまでの戦闘では集中的に狙っていた。

そのため、傷もだいぶ深くなっていたのだが、ここに来て出血が止まりつつある。


(コイツ、腹部を守りながら闘うことに慣れてきた!)


遠距離から腹部を狙って矢を放ち続けていた、ミリアの背筋をツーと嫌な汗が流れる。

毒がいつまでも効くわけではない。少しずつだが回復力を取り戻して来ているのも見て取れる。


まだかと思いアレクを見ると、ギルとルミエラに向けて合図を送っている姿が見えた。


「がってん」


ルミエラは準備ができたことをギルに伝えため、背中をポンポンとたたく。


「ギル、いつでも」


「おっしゃ、ようやく出番か!いくぞ、『ウォークライ』!」


ギルは再び『ウォークライ』を発動する。

雄叫びはミノタウロスの注意を引くだけで、攻撃まではしてこないとわかっている。


実際、ミノタウロスは魔物の習性でどうしてもチラッと気にしてしまった。そのとき、


「『フラッシュ』」


ルミエラが放った光魔法がミノタウロスの視界を奪った。


発動することがわかっていたアレクたちは視界を守るために、目を腕で覆っていた。

準備していなかったミノタウロスだけが不用意に光を見て目が眩む。


(コレハ、マズイ、見エナイ。音デ判断スルシカ…)


「さーらーにー、『ランダムノイズ』」


再びルミエラが魔法を放つ。『ランダムノイズ』は雑音を響かせる魔法で、ボス部屋全体を様々な音が覆い尽くす。


視覚と聴覚、ミノタウロスが相手を感知するための感覚器官は主にその2つだ。それをどちらも奪われたミノタウロスが取った行動は、


(視覚ガ戻ルマデハ、守ルシカナイ)


頭を抱え、背中を丸めてうずくまる。


この姿では腕の傷は敵から丸見えだが最悪、腕はくれてやってもいい。急所である腹と頭さえ守れば奴らにダメージを与える手段はない。


咄嗟にそう判断した。そしてそれは決して間違ってはいなかった。

アレクたちがここまで見せた攻撃で体毛の上から通る攻撃はレイラのハンマーによる打撃と最初の炎のみ。


だがレイラのハンマーでは大したダメージにはならず、もし炎による攻撃が来るのであれば毛は削がれるが消火する間に視界は戻るはず。瞬間的に自分を倒す攻撃手段はない。


あとは治りつつある傷を完治させれば、長期戦でひねり潰せる。


咄嗟にここまでの判断が出来たのは慎重に戦いながら情報を集めてきたミノタウロスだからこそ。獰猛で力任せな怪物というイメージとは程遠い、知性に満ちたファイターである。


そして、


ミノタウロスが蹲ってガードの姿勢を取った瞬間、アレクはニヤリと笑い高速で背後へ接近した。


走りながら1つの術を刀へと施してある。


「『流気刀法・突』」


サイトウから教わったその術は『気』(アレクにとってのマナ)を刀に流し込み斬れ味を増すというもの。


ここまでの戦闘では一切見せずに隠して来た。初めて見せた隙だらけの背中に向けて渾身の突きを放つ。


「喰らえ!」


アレクは縮地によって高速で接近した上で突きを放つことで自分の力を最大限にぶつけた。

狙いはミノタウロスの心臓。

背中側は体毛に覆われているが、お構いなしに突き刺す。


ザクッと刀が入る感触があった。


(コレハ、突キか!隠シテイタナ。ダガ、コノ程度デアレバ…)


いける!と思ったアレクだったが、刀は少し切っ先が刺さったところで止まってしまった。


「ああ、」


アレクは思わず声を上げてしまう。今の自分に出せる渾身の技。刀を押してもこれ以上深く刺さる気配がない。

1年以上かけて磨き上げた技だが、ミノタウロスにはダメージを与えられない。

そのことに少し残念な気持ちを覚えてしまった。


「ああ、


アレクはパッと背中から離れる。刀は残したまま。


「やっぱりね。『ポイントアイス』だから言ったじゃないか。僕に感謝してよね、アレク」


刀の先端は少ししか刺さっていない。そのままではアレクから離れればすぐに抜けてしまいかねないため、ロイはミノタウロスと刀を氷で固定する。

それだけでは何のダメージにもならない。ミノタウロスからすればヒヤッとした程度だ。


と、アレクが離れ、ロイが凍らせた直後に飛び込んできたのはレイラだった。


「ハァァァァァァァァ!」


レイラは思い切りハンマーを振るう。狙いはアレクが刺した刀の柄。


釘を打つように真っ直ぐ振り下ろされたハンマーが刀を押し込み、ザシュッ!と鈍い音を立てて、ミノタウロスの心臓を貫いた。


「グオオオ!」


痛みに呻き、立ち上がったミノタウロスだったが、


「まだですわ!」


レイラは立ち上がったミノタウロスの背中に深く突き刺さった刀の柄を、今度は下向きに叩いた。

テコの原理で刃が上に跳ね上がり、ミノタウロスは心臓から肩口まで斬り裂かれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る