第69話 vs ミノタウロス⑤

(傷ガ、再生シナイ…?)


ミノタウロスの最も厄介とされるのが、以上に高い再生能力である。

ただでさえ高い防御力に加えて、かすり傷程度であればすぐに治癒出来るためなかなか倒すことが出来ない。


アレクやミリアに傷つけられた肌も、本来なら既に回復しているはずであった。


しかし、治らない。


(ワカラナイガ、ナゼ…)


アレクはミノタウロスの周囲を円を描くように走りながら、出血し続ける様子を見てニヤリと笑った。


(やはり効いているな。この毒は)


アレクとミリアの2人は自分たちの装備に毒を塗りこんでいた。

ダンジョンの30階付近に生える毒草から採れる毒で、非常に効果だがとても強い毒素を持つ。


その効果は『回復阻害』。


自己治癒力を極端に落とす代物で、再生能力の高いモンスターを相手にする上級冒険者が時折用いることがある。


しかし、通常ミノタウロスに使う冒険者はいない。

理由は簡単で、


(めちゃくちゃ高価だから、効いてくれないと困るけどな…)


上級冒険者でないと採りに行けないものなので、当たり前だがとても値が張るのだ。

確実に赤字になるため普通は使わないが、今回は総力戦と位置づけていたため購入した。


ボタボタと血が流れ続ける中で、戦闘は均衡を保っている。

ギルは何度かウォークライを発動したが、ミノタウロスは流石に乗ってこなくなった。


(アノ赤イ盾ハマズイ)


そう判断し、アレク・ミリア・レイラを狙って攻撃を続けていた。


その状況は実はアレクたちの望むところだった。


(俺が持つ『全反射の盾』はあるクラスまでの魔物であれば物理攻撃をすべて跳ね返すが、3回使うと壊れちまうからな…ロイとルミエラを守るには今の状態、警戒してくれてるのが丁度いいぜ)


今回ミノタウロスと戦う上で問題となっていたのは、ミノタウロスの攻撃力が高く、ロイとルミエラは一撃で死にかねない、という点であった。


仮にギルのウォークライやアレクたち前衛が周囲を飛び回るなど注意を引きつけても、ミノタウロスが冷静さを取り戻せばロイとルミエラを狙いかねない。


そこで全反射の盾によって一度攻撃を弾き返し、赤く塗った盾を見て興奮したミノタウロスを再度弾き返すことでミノタウロスに『この敵を攻撃してはいけない』と強く認識させるのが作戦だった。


ミノタウロスが赤いものを見ると興奮する癖があり、その上でそれを抑え込むだけの知性を持っていることを見越して立てた作戦であったが、現在のところ上手くいっている。

あと一回攻撃が来れば盾が砕けて実体がバレてしまうので、実は薄氷の上ではあるのだが。


ちなみに、この盾は冒険者の間で使う者はほとんどいない。

たった3回で壊れるくせに異常に高値、かつ20階層程度の魔物までしか攻撃を防げないためだ。

金を持っている上級冒険者には需要が無く、使いたい初級冒険者には金が足りない。


絶妙に需要と供給が噛み合わない代物を今回アレクたちはテオドラからの出資の大半を使い購入したのだった。

この作戦のためだけに。ミノタウロスを殺すためだけに。


この作戦によって本来狙われやすい後衛の2人は自由に魔法を撃てるようになっていた。


「『ポイントヒール』アレクに」


遠距離回復魔法でルミエラが仲間たちを順番に回復していく。高速戦闘によって引きちぎられていく筋繊維を強引に繋ぐことで長時間の戦闘を継続する。


「『エアカッター』5連!」


ロイが放つ無数の風の刃がミノタウロスの皮膚を切り裂く。ミノタウロスはギロリと睨み付けるが攻撃するだけ無駄と判断し、周囲を動き回るアレクたちへ苛立ちをぶつけるように拳を振るった。


既に戦闘開始から5分以上が経過しているが、お互いにまだ致命傷はない。

ジワジワと削られるミノタウロスと、一発当たるだけで死にかねないアレクたちの攻防だったが、


(そろそろ次の作戦へ移行するか…)


アレクが決断し、密かに動きを変えた。


そしてこの作戦の結果が、勝敗を決することになった。

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