第43話 クレストアとエンペスト

「あのクレストアですか!?たしかに、ここ最近はあまりいい噂を聞きませんでしたが…」


クレストアといえば王国が出来た当初から貴族として名を連ねる名家である。王国が出来る以前に起きた大戦で彼らは特殊な力を用いて後にリステンベルク王国となる勢力の勝利に大きく貢献したのだった。


「クレストア家はたしかに名門だが、現在の当主はかなりのお人好しでね。良くも悪くも貴族に向いてないんだよ」


その点私は貴族向きの性格だね、とテオドラは微笑んだ。


「クレストア家に代々伝わる異能は知っているかな?」


「たしか特殊な魔法である『質量魔法』を使えると聞いたことがありますが」


現在の貴族には先の大戦で功を上げた家も多く、そのためか特殊な魔法やスキルを代々覚える一族がいくつか存在する。

クレストア家もそのうちの1つで、物体の質量を操る魔法を使うと聞いたことがあった。


「そうだね、それは正しい。しかしここ2代は魔力の乏しい者しか生まれなかったから、質量魔法の使い手は現在存在していない」


かつては宮廷魔導士も輩出していた名家だが、ここ数十年ほどは質量魔法の使い手が1人も産まれなかったため、かつての宮廷魔導士として得た名声は消え失せつつあった。


「そうでしたか…しかし貴族というのは魔法が使えないからといって降格するものなのでしょうか?」


「そんなことはないよ。それを言ったら戦闘能力皆無の私なんてとっくにお払い箱だ」


ご冗談を、とアレクは言いたくなった。テオドラから発せられる気はとても弱者とは思えない。底が見えないのでアレクはテオドラと会う時は常に警戒を解かずにいた。


「あの家は人がいいからか事業が上手くいってなくてね、多額の借金を抱えてしまったんだよ」


「その話は聞いたことがあります。たしか借金の利子が払えなくなっていると噂されていました」


アレクが聞いていたあまり良くない噂がこれだった。


「うん、それで結局貴族位を剥奪されたんだよ」


「貴族位を!?ということは平民にまで落とされたということですか!?」


降格は珍しいが時々は起こることだったが、貴族位の剥奪というのはなかなか無いことだった。

ましてや伯爵位からなど前代未聞ではないだろうか。


「借金と、質量魔法の消失が重なったことが決め手だったんだね。まあ国王と十二大臣の判断としては間違ってないんじゃないかな」


そう言ってテオドラはティーカップに注がれている紅茶を啜った。


「個人的にはエンペスト家はあまり好きではないが、人事としては間違ってないんじゃないかとも思う」


アレクは以前出会ったグラウ・エンペストのことを思い出した。尊大な態度だったが、ああいう一族だと言うならテオドラが嫌うのも分かる気がする。


「商売人として貴族の情報は大事なんじゃないかと思ってね。老婆心ながら伝えさせてもらったよ」


「貴重な情報ありがとうございます。有効に使わせて頂きます」


その分うちを贔屓にしてくれよ、と言ってテオドラは笑った。

丁重に感謝を述べ、アレクは屋敷を出た。


ウィンベルクに向かう馬車を捕まえたアレクは道すがらテオドラに聞いた話を思い出していたが、何かが引っかかる。


アレクはこれまで直接の取引はなかったが、ウィンベルクに戻り次第エンペスト家について情報を集めることにした。

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