第41話 商談

2度目のダンジョン攻略から2日後、アレクは本業の商会の仕事で、とある貴族との商談に臨んでいた。

貴族の名はテオドラ・リューベルト。40過ぎほどの紳士で、スラッと縦に長い体格だが、適度についた筋肉に蓄えられた髭と相まって凄みのある外見の人物だ。


人柄も温厚で彼の領民からの評判もいいことから政治手腕も優れていることがわかる。

アレクたちの住む街ウィンベルクから東に2日ほど行った場所にテオドラの治める『カスターユ』という街があり、今回の商談はその街の中心部にあるリューベルト邸の一室で行われていた。


質素だが嫌味のない程度に高価な調度品の置かれたその部屋は、テオドラの人柄を表しているようだった。


「…では、ご指定頂いた農作物と衣類を従来の方式でそれぞれ1億ルピー分ずつ、来月末までに納めて頂くということで宜しいでしょうか。」

「うん、それで構わないよ。これで商談成立だね。いやー、アレク君との商談は話がスムーズに進むから気持ちがいいね。他の商人たちも見習ってほしいよ」

「…勿体無いお言葉、ありがとうございます」

「同業のアレク君には逆に分からないかもしれないけど、大商会の商人にも色んなやつがいるんだよ。いつも通りの取引なのに細部まで確認しようとする奴とか、こちらに旨味のない提案を平気でしてくる奴とかね。まあそういう輩とはそれ以降の取引をしないだけなんだけどね」


ハハハ、とテオドラは朗らかに笑う。簡単に言うが彼の位は伯爵で、取引出来ないとなると大きな損害になる。

柔らかな物腰に騙される者も多いが、アレクから見たテオドラの印象は『食えない』の一言に尽きる。

実際、彼は一部の商人の間では危険人物として名が知れている。

一度の失敗で二度と大口の取引が出来なくなることがあるからだった。


ただし、利に聡い人物のため、優秀な人間との付き合いは大事にする傾向がある。

自分への牽制の意味もあるなと感じ、下手なことを言わぬようアレクは気を引き締めた。


「その点その若さでサルマン商会の取引の一部を任されているだけあってアレク君は優秀だね」

「恐れ入ります」


実際、アレクは優秀だった。若手の中ではズバ抜けていると自分でも自負している。とても今の安月給とは比べ物にならないほど稼いでいる自負がある。


それでも給料が上がらないのは、最初の契約のせいだった。アレクがサルマン商会に拾われたのは奴隷から解放されてすぐのことで、まだ社会のことを何もわからない子供だった。


サルマンはアレクを一目見てその才能を見抜いた。そして多額の投資をしてアレクの身辺を整理し、十分な環境を与え、教育を施した。


サルマンは事前にそれらにかかる金額をアレクに丁寧に説明した上で、その金額を借金としてアレクに背負わせ、教育後にサルマン商会で働く中で返させる契約を提示した。


まだ社会のことなどよくわからなかったアレクは他に頼れるものもなく、その契約を呑んだ。

こうして多額の借金背負ったアレクはその分を給料から続けている。アレクの給料が安いのはそのためだった。


ただ、アレク自身はサルマンに対してこの件で恨む気持ちは全くない。むしろそれが無ければ今こうして真っ当に働いていることも無かったという思いがあり、恩義に感じている。

そのため、借金を放り出してサルマン商会を辞めたいと思うことは一度もなかった。


「そういえば風の噂で聞いたんだけど、冒険者を始めたんだって?」


来たか、とアレクは感じた。同時にまだ早いとも。


「はい。週末限定の弱小パーティですが」

「君のことだから何か考えがあるのだろう。何か力になれることがあればいつでも言ってくれ」

「ありがとうございます。その機会があれば是非」


本当は「俺たちのパーティに投資してください!」と言いたいところだが、その言葉を飲み込んだ。

テオドラから資金を引き出せるだけの実績がまだ今のアレクたちにはない。商売の基本はwin-winだ。こちらが一方的に得をする提案は一度通っても先がない。


今はまだうちに投資するメリットがない。そう判断したため、提案もしなかった。


「そうか。話は変わるけどもう一つ面白い話を聞いたんだけど知ってるかな?エンペスト家のことなんだが」

「いえ、存じ上げないと思います。


最近聞いた名だな、と思いながらアレクはテオドラの話に耳を傾けた。

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