第34話 グラウ・エンペスト

防具が選び終わったことで、三人はそれぞれ自分の武器を見繕っていくことにした。予算はギルとミリアの2人で50万ルピー。今回の買い物では450万ルピーまで装備と魔導書に、50万ルピーを転送石やスタミナポーションなどのアイテムの買いだめに使い、残りの500万ルピーは貯金しておくことにした。


アレクは自分の刀を買うつもりはなかった。そもそもこの店は刀を置いていなかったし、サイトウから貰った刀を気に入っていたので買うつもりもなかった。


そのため、似たような長さ、重さの剣を見ていたのだが、ふと一本の剣に目がとまった。


それは一見なんの変哲もない剣だった。銀色に輝く刀身は磨き上げられていて綺麗だったが、特別な装飾もなく値段も普通だった。

疑問に思って手に取ろうとしたとき、ひょいと後ろから手が伸びてきてアレクより先にその剣を握った。


思わずアレクが振り返ると肩口で切りそろえられた金髪の少年がそこにいた。歳はアレクと同じくらいだろうか。顔は整っているが今はアレクを見てニヤニヤと笑みを浮かべている。


「おい、おまえみたいな駆け出し冒険者がこの剣を買うのは早すぎるんだよ。代わりにこのグラウ・エンペストが使ってやるから感謝するんだな」


とても初対面とは思えない物言いに流石にアレクもムッとしたが、


(姓があるってことはこいつ貴族か…どんなつながりがあるかわからないし、ここは穏便に済ませたほうが得策だな)


アレクの本業である商会の仕事では取引先が貴族の仕事もよくある。ここで揉めてなにか本業に影響が出るのは不味い。そう考えたアレクは素直に謝罪しておくことにした。


「すまない、良い剣だとは思ったが買うつもりはなかったんだ。俺みたいな駆け出しが使うよりあんたに使ってもらったほうがその剣も幸せだろう」


職業がらこの手の貴族の扱いは慣れている。適度に自分を貶めつつ、相手を立てたアレクだったが、


「フン、そんなわかりきったこと言うなよ。貴様のような才能もないやつが冒険者なんて始めるから、今の冒険者の質は下がってる。ひいては僕の評価にも影響してくるんだ。せいぜい頑張ってゴブリンでも倒しておくんだね」


そう言って店のカウンターへ行き、剣を買って帰った。

貴族の中でも特にたちが悪そうなその姿を見送りながら、アレクはエンペスト家に関する記憶を探っていた。


(エンペストっていったら確か公爵家だったか。かなり位は高いが、冒険者になったのは上に兄弟がたくさんいて跡を継げないからか、よほど出来が悪くて見捨てられたかどちらかだろうな…)


そう考えてあの性格なら後者かもしれないなと感じた。この国の貴族の階級は辺境伯、伯爵、公爵、男爵、子爵の順に位が高い。公爵ともなれば一つの街を治められるほどの位になるが、その分実務能力が高くなければ務まらない。基本的には長男が跡継ぎとなるが、それは能力があることが大前提で、実力のない人間は一般の職業に就かされることもままある。冒険者となるものも中にはいるが、大抵は自分の現実が受け入れられず一発大功をたてて見返してやろうという野心を持った者が多い。

グラウもその中の一人だろうが、あの性格なら当然だなと同情する気にはならなかった。


「アレクー?あたしとギルは選び終わったけどまだ見てるの?」

「ああ、悪い、今いくよ」


ミリアに呼ばれ、思考を打ち切ったアレクは過去に耳にしていたエンペスト家にまつわる黒い噂をこのとき思い出すことは出来なかった。そしてそのことが後に災いを呼ぶことになるとはこのときは夢にも思わないのであった。

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