最終話 ストーカーは結局ストーカーである
吉崎 拓哉は、暗くなった自室でパソコンデスクの前に座っていた。
ディスプレイにはいつものジュリアの部屋は映らない。
引っ越し業者がカメラの配線を全て引っこ抜いたからだ。
耳にセットしたヘッドホンからもなにも聞こえてこない。
黒縁眼鏡にも、なにも映らない。
吉崎 拓哉は机上の置き時計をちらりと見た。
薄暗がりの中のそれは19時45分を示している。
そろそろ支度をして家を出ないと、仕事に間に合わない。
分かってはいれど、身体は鉛のように重く指一本動かなかった。
吉崎 拓哉の頭の中には、昼に見たジュリアの可憐な笑顔だけがずっと浮かんでいる。
結婚するんだと、彼女はそう言った。
―― あのね、お店の常連さんなの。拓ちゃん知らないかなぁ、高橋さんっていうんだけどね、ずっとあたしのこと好きだって言ってくれてて。でもね、好きだから、あたしが高橋さんのこと好きになるまでは、絶対に触らないよって言われてたの。あたしそれが意味分かんなくて、ちょっと困ってたんだけどね。でもほら、この間拓ちゃんが、あたしに『好きだから味方だ』って言ってくれたでしょ。あのときなんでか急に高橋さんの顔が浮かんできちゃってね、それで、やっと分かったんだぁ。高橋さん、あたしのことを本当に大切に思ってくれてたんだなあって。
そう話す彼女は、本当に可憐で、可愛らしくて、まるで別人のような柔らかな表情だった。
その人のことを愛している。
そう、表情が訴えていた。
吉崎 拓哉は、重くなった目蓋の奥でなにも映らないディスプレイを眺め続けた。
隣の部屋にはもう誰も居ないんだろう。
数時間前に外でトラックの動く音がしたきり戻ってきた気配もない。
吉崎 拓哉は歯ぎしりをした。
ギリッ、と奥歯を噛みしめる音が無音の部屋に小さく響く。
高橋さんなんて知らない。
吉崎 拓哉は己の失態を悔いた。
店の客は完全にノーマークだった。
ジュリアは店の客には手を出さないと知っていたからこそ油断していた。
なにがいけなかった。
どこで間違えた。
どうしてジュリアはここに居ない。
ぼくのほうが絶対に、どこの誰よりも間違いなく、彼女のことを愛しているのに。
吉崎 拓哉は、まるで操られたように腕だけを動かしてマウスを触った。
インターネットを開く。
ジュリアのSNSを開く。
最新記事は4日前だ。
そこからなにも更新されていない。
添付された写真にはジュリアの自撮りした姿が写っている。
ジュリアはSNSの使い方が上手かった。
必要以上の情報を出さない。
自分のことも、友だちのことも、店の客のことも。
おかげで最初の頃は情報を集めるのに苦労した。
仕事着だろうきらびやかなドレスに、胸元に光るネックレスが目に留まる。
吉崎 拓哉は、無表情でそのネックレスを観察した。
3連の輝くダイヤに見える。
ジュリアの部屋にはなかったものだ。
新しそうな。
これは、高橋さんからの贈り物だろうか。
ひとつ前の記事を見る。
もうひとつ前の記事も。
吉崎 拓哉は無心で何枚もの写真を観察し始めた。
探さねばならない。
必ずどこかにヒントがある。
高橋さんとは誰だ。
どこに住んでいる。
何歳だ。
どんな顔をしている。
ジュリアはどこへ行ってしまったんだ。
昼間に聞こうとしたがはぐらかされた。
吉崎 拓哉は、何ヶ月分もの写真を一枚一枚見続けた。
ジュリアの顔が写ったもの。景色を撮ったもの。外食の様子。
隅からすみまでじっくりと。
所々写っている。ジュリアじゃない誰かの、身体の一部が。持ち物が。
これだけで分からなければ、次は店の別の子のアカウントを調べればいい。
絶対にどこかで繋がっている。
必ず探してみせるよ、きみが、どこへ行ってしまったのか。
誰と一緒にいるのか。
見つけて迎えに行くから。だから戻っておいで。
ぼくを好きだと言ってくれたじゃないか。
きみがいないと生きていけない。
ぼくから彼女を奪った男をぼくは絶対に許さない。
彼女を幸せにできるのは唯一ぼくだけだ。
だって世界中の誰よりもほくだけが、彼女のことを心から愛しているのだから。
だからこんなのはおかしい。
そうだろう。
ぼくのジュリアだ。
ぼくのジュリア。
ぼくのジュリアぼくのジュリアぼくのジュリアぼくのジュリア
ぼ く の ジュリアだ。
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