第4話 ストーカー、窮地に陥る 1
彼らの関係は、言ってみればまるで「お友だち」なのだ。
好きだよ、や、愛してる、なんて、誰も言わない。
ジュリアも、しょうちゃんもだいちくんもゆたかくんもゆうたんも、誰も、一度たりとも、だ。
出てくる言葉といえば
「これ美味しい」
「これおもしろい」
「それ気持ちいい」
「もっとして」
「もう一回できる」。
これではまるでセックスフレンド略してセフレではないか。
そうなのか、そうなのかジュリア。
問い詰めたい思いと、事実を受け入れられそうにない思いと、ぼくというものがありながら、という思いと、ジュリア……、よくそんな体力あるな、という感心するような気持ちと、いろんなものがないまぜになって、吉崎 拓哉の頭は今にもパンクしてしまいそうだった。
もうこうなったら徹底的にやるしかない。
吉崎 拓哉は腹をくくって、ジュリアのみならず4人の男たちの素性まで調べ始めた。
世はSNS社会。個人の特定など吉崎 拓哉の執念にかかれば造作もないことだった。
まずは吉崎 拓哉自身があらゆるSNSに登録し、ジュリアを探す。
決して自身の素性を明かさぬよう、アカウント名は登録SNSによって使い分け、必要以上の接触をしないように細心の注意を払いつつ、調べて調べて調べて調べて調べまくった。
ジュリアの働く店や昼間に遊びに行った相手、買い物の中身、何を食べたか、どこで何の映画を観たか。
さらにそこから派生してジュリアのネットワークを白み潰しに調べ上げた。
そうして導き出した答えは、彼らが全員、ジュリアの恋人なんかではなく、一般的にいうところの友だちだ、ということだった。
ジュリアは店の客には手を出さない。
店のママからきつく言われているからだ。
店の女の子が客に手を出しているなんてことがあれば、その店の信用はガタ落ちだ。
ジュリアはその代わりに友だちに手を出した。
ちなみにしょうちゃんは中学生のときの同級生、だいちくんは高校のときの先輩、ゆたかくんは高校の同級生、ゆうたんはナンパしてきた相手だった。
絶対に店に顔を出さないことを条件に、相手に彼女がいようがいまいがお構いなし、誘われれば乗った。
事実、4人のうち、しょうちゃんとゆたかくんには彼女がいる。可愛いかどうかは別として。
つまりはそういうことだった。
「淫乱……? 淫乱か……? 淫乱なのか……?」
ジュリアのことを知れば知るほど吉崎 拓哉は落ち込んだ。
ぼくの天使が思ったよりも天使じゃなかった。
だがそれと同時に、高嶺の花であるという幻想も解けた気はする。
自分だって万にひとつでもチャンスさえあれば、あわよくば……。
だが、そこまで考えて吉崎 拓哉はいつも首を横に振る。
万にひとつはない。
なぜなら自分にそんな勇気がないから。
勇気がなければ自信もない。
だから、直接ジュリアの前に己の姿を晒すなんてことは、できるはずがない。
ジュリアはやはり、たとえ彼女がどんな人物であったとしても、吉崎 拓哉にとっては高嶺の花だった。
彼ら4人と店の客を羨み続けるしかない。
そう思いながら吉崎 拓哉はパソコン画面を眺め続け、気づけば2年の歳月が流れていた。
隠しカメラはひとつとしてバレることはない。
ジュリアは、年末の大掃除なんてことは、しない女だった。
その日の吉崎 拓哉は焦っていた。
いつものパソコン画面にいつもとは違うものが映っている。
ジュリアが、吉崎 拓哉の知らない男を家に上げたのだ。
いつもの4人ならまだ良かった。
彼らのことは徹底的に調べ上げたから素性が知れているし、なによりもう2年も見ているものだから充分といえるほど見慣れたので、ジュリアの相手として安心できる人物たちだ。
ところがあれは一体誰だ。
吉崎 拓哉はパソコン画面に齧りつきながらひたすら焦った。
なんだあの男は。誰だ。あの4人よりも年代的に少し若く見える。馴れ馴れしいのはまあ一万歩譲って許してやるとして、あのホストみたいなチャラチャラした出で立ち、まさかホストか!? 大丈夫なのか、店にいられなくなったりはしないのかジュリア!! 店の客じゃないからセーフか、しかしそれ以前にホストにのめり込むのは危険だ、いやそれとも別の新しい男……、いやいや、今までの4人とは傾向が明らかに違う、もしやあれが本命か? どっちにしても一番おかしいのは、そう、おかしいんだ!
ジュリアがセックスをしようとしないなんて!!
吉崎 拓哉の頭はこの2年ですっかり狂ってしまっていた。
ジュリアが家に上げた男とセックスをしないなんて、正気の沙汰ではない。
そんな訳の分からない思考回路から抜け出すことができなくなり、そんな中でふたりがそのまま外出しようとしているものだから、吉崎 拓哉は尚のこと焦った。
ちょっと待ってくれ、一体どこに行くつもりなんだジュリア。
部屋を出られたら状況が分からない!
『ねぇリョウ〜、あたしお腹すいてきちゃった』
『いいよ、なんか食いに行く?』
『リョウなに食べたい?』
『おれは回転寿司かな。近所にあるだろ。ジュリアは?』
『あたしはなんでもいいよ。久しぶりだしぃ、あたしが奢ってあげるー』
このやりとりは吉崎 拓哉をさらに混乱させた。
ジュリアは、この2年で一度たりとも男に金を払ったことがないのだ。
たとえコンビニ弁当ひとつ取っても、誰かとなにかを食べるときにはいつも相手の男が全額支払いしている。レシートの束とクレジットカードの明細と通帳記帳の増減で確認済みだ。
プレゼントすら渡したことがない。
それを『あたしが奢る』だと!?
おかしい、明らかにおかしい。
しかもリョウと呼び捨てにしている。
ジュリアはいつでも相手を愛称で呼ぶのだ。
しょうちゃん、だいちくん、ゆたかくん、ゆうたん。あとよく電話している店の女の子まみちゃん。まみちゃんは見たことがないが。
どちらにしても呼び捨てなんて聞いたことがない。
……、詐欺に遭っているわけではあるまいな。
まさか、そうとは知らずに珍しく清いお付き合いなんてものに発展したつもりで実は見えないかたちで金だけ搾り取られるとか……。
それか、まさかヤミ金業者ではあるまいか。
最近隠しカメラにあぐらをかいて郵便受け覗きもゴミ漁りも部屋への侵入も少しばかり怠っていたから、実は吉崎 拓哉が確認していない知らないやりとりがあって、借金まみれになったジュリアが今から風俗に売り飛ばされるところなのかもしれない。
あの男が「回転寿司」と言っているのは実は隠語で、ジュリアに気づかせないように危ない場所まで連れて行く魂胆なのでは……、これはいかん!!
吉崎 拓哉は無我夢中だった。
いずれにしてもジュリアが危ない、ぼくがジュリアを助けないといけない、ぼく以外の誰がジュリアを助けられるというんだ、待ってろジュリア、行くなジュリア!
気づけば吉崎 拓哉の足は玄関に向かって走り出していた。
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