第3話 ストーカー、覚醒する 3

 その後も、ジュリアが無施錠でコンビニへ行くたびに、吉崎 拓哉はジュリアの部屋を物色した。

 ゴミ漁りでは分からなかったことが次々に新しい情報として、吉崎 拓哉の頭の中にインプットされていく。

 ジュリアは21歳だ。

 水商売をしている。

 通帳と印鑑はクローゼットの中だ。しかも鞄の中に無造作に入っている。

 化粧品や雑貨などの細かいものを収納するのは苦手なようだ。

 コンドームは箱ごと床に投げ捨ててあった。

 このコンドームの使用主が知りたい。

 次に吉崎 拓哉がジュリアの部屋に侵入したとき、その手には隠しカメラが握られていた。


 結果的に吉崎 拓哉は、ジュリアの部屋に隠しカメラを設置することに成功した。

 毎回こそこそと、慎重に場所を選び、角度を調整し、自分の部屋のパソコンの位置を動かし、嬉々として面倒臭い設定をこなし、とうとう画面のざらつきもなく映ったときの感激といったらない。

 なんといったって、作業時間が不定期な5分ほどしかないのだ。

 おかげで吉崎 拓哉の作業効率は彼の驚異的な集中力によって格段に上がり、その成果は自身の深夜バイトにまで及んで力を発揮した。

 最初のカメラは、考えあぐねた末にテレビの奥の配線に紛れ込ませた。

 これは吉崎 拓哉が、女性は一般的に配線のたぐいに弱そうだという先入観を持っていたためである。

 これは功を奏した。

 ジュリアは吉崎 拓哉の設置したカメラには一切気づくことなく、設置したその日のうちにカメラの前であられもない下着姿を披露したのだ。

 吉崎 拓哉は隣の自室で喜び勇んで舞い上がった。

 大声で叫ぶわけにもいかず、声を圧し殺しながら何度もガッツポーズを繰り返した。

 彼女は家にいる間はいつも下着姿だ。

 出かけるために洋服を着ても、帰ってくるとすぐに脱いでしまう。

 彼女の髪の毛は以前見かけたときよりも長くなっており、ふわふわの毛は前髪以外、顔にはかかっていなかった。

 それからというもの、吉崎 拓哉は時間が許す限りパソコン画面に齧りつくようになった。

 そうして何日かして、とうとう現れたのだ、あのコンドームの使用主が。


 そいつは名前を“しょうちゃん”という。

 いや本名は知らない。

 ジュリアがそう呼んでいた。

 パソコン画面の中でジュリアが何度も呼ぶのだ、

『しょうちゃん、気持ちいいよぅ、しょうちゃん、しょうちゃん』。

 しかもあろうことかカメラの位置が悪く、ベッドが見えない。

 しょうちゃんとやらの顔も見えない。

 聞こえてくるのはまるでゲームで盛り上がってでもいるかのような、楽しそうな声のみ。

 吉崎 拓哉は気が狂うかと思った。

 もうヘッドホンを投げつけて壊してしまおうかとも思ったが、壊してしまえば今後ほかの音も聞こえなくなるわけで、致し方なく吉崎 拓哉は歯ぎしりをしながらジュリアの甘ったるいよがり声を聞き続けた。

 その相手が自分ではないことが悔しくて奥歯を砕きそうなほど噛みしめ、そしてマスターベーションをした。


 だが盗撮という悪行に手を染めた吉崎 拓哉にとっての不幸はこれで済まなかった。

 なんとあれから数日のうちに、また別の「使用主」が現れたのだ。

 次の男は“だいちくん”。

 そしてまさかの、その次の男は“ゆたかくん”。

 信じられないことに、トドメにもうひとりいた、“ゆうたん”。

 嘘だろ、嘘だといってくれ。

 一体……何股してんだよ、ジュリア……。

 あの春の日に笑いかけてくれた笑顔がガラガラと音と立てて崩れていくような気がした。

 天使のイメージがまたたく間に女豹へと変化していく。

 吉崎 拓哉は、流石に“ゆうたん”が出てきた時点でパソコンのキーボードに突っ伏して泣いた。

 耳にはヘッドホンがついたまま。

「ジュぅリ゛ぃア゛ァァァァァァ!!」

 咽び泣きが止まらなかった。




 それでも吉崎 拓哉はジュリアの盗撮をやめなかった。

 これはもはやライフワークなのだ。

 やめてしまえばメンタルを保てない。

 このパソコンや電子機器にかかる電気代や諸経費のためだけに毎日バイトに通っているのだといっても過言ではない。

 分かりそうで分からないから悶々とするのだ。

 それならば分かるように隠しカメラを増やせば良い。

 吉崎 拓哉はそれから、気合を入れて隣室への侵入を繰り返し、最終的には6箇所もの隠しカメラの設置に成功した。

 この時点で最初の郵便受け覗きからおよそ半年が経過していた。

 ジュリアは冬になっても、暖房をつけて下着姿だった。

 いや、キャミソールが一枚増えた。

 あらゆる角度から部屋のすべてを網羅した6箇所もの隠しカメラは、吉崎 拓哉をとても満足させた。

 ジュリアは夕方6時に家を出て、吉崎 拓哉が帰宅する早朝には既にベッドで眠っている。

 布団にくるまるその体は相変わらず下着姿だ。

 寝返りを打つたびに白い肌が見え隠れする。

 ジュリアが眠っているのを確認してから、吉崎 拓哉はシャワーを浴び、自身も就寝する。

 吉崎 拓哉が目覚める頃にはジュリアはすでに起きていて、部屋でごろごろしながら過ごすか、どこかへ出かけていく。

 その時には流石に施錠してあるので、吉崎 拓哉は隣室への侵入はせず、自身も食事を摂ったり買い物に出たりする。

 そのうちジュリアもいつの間にか帰宅し、化粧をしたり着替えたりして、夕方6時にはゴミを片手に出勤していく。

 まるで同棲しているかのような錯覚。

 おやすみジュリア。

 おはようジュリア。

 行ってらっしゃい、ジュリア。

 ぼくのジュリア。


 不満なのはやはり彼らの存在だ。

 しょうちゃん、だいちくん、ゆたかくん、ゆうたん。

 彼らはいつもバラバラにジュリアの部屋にやってきて、そのどれもが一緒にコンビニ弁当をつついたりスマホゲームをしたりしながら、仕舞いには必ずセックスにもつれ込む。

 何度も歯ぎしりを繰り返しながらその光景を見てきた吉崎 拓哉は、あるときごく自然な疑問を抱いた。

 どれが本命だ?

 4人もいれば普通はひとりが本命で残りは浮気相手のはずだ。

 本命と浮気相手の違いがあれば、態度だってそれなりに変わってくるはず。

 吉崎 拓哉は純粋に疑問だった。

 吉崎 拓哉とて、この34年間、今まで一度も彼女がいなかったわけではない。

 いなかったわけではないが、そんなに上手くいったことがあるわけでもないので、ジュリアの彼らに対する態度も、彼らのジュリアに対する態度も、吉崎 拓哉にはイマイチよく分からなかった。

 誰をとってみても、「恋人」には見えなかったのである。

 

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