第23話 ice and water

「あ?まだ来てねぇのかよ」


俺のバイトが終わり、慎士との待ち合わせ場所である〔ハッピーホーム〕入口へと来た。だが慎士はいなかった。


(もう帰ったのかな?それともまだバイトが長引いているのか……)


どちらか分からない。まだ昼だからもう少し待ってみるとしよう。30分たって来なかったら帰る。多分慎士なら分かってくれるだろう。


「…………………………暇だな」




〖〗

「よし、今日は終わりだ!帰ってさっさと寝て休んでくれ。また明日な!」


ああ、もう終わりか。ようやくトンボ捌きがよくなってきたんだがな。…………トンボ捌きってなんだよ。…そんなことはいいか。


辺りを見渡してみるとこの数時間で見違えるような土地に変わっていた。あの生えまくっていた雑草はほとんど無くなり、地面もでこぼこが減っていた。これで大丈夫だと思う。


「お疲れ様。随分とキレイになったね」


沢木だ。


「ああ、お疲れ様」


「疲れたけどなかなか楽しいと感じられたよ。今日はとりあえずさっさと帰って休むとするかな。また明日もあることだし。じゃあね」


「また明日な」


沢木は歩き始め、〔ハッピーホーム〕の方向へと向かう。作業服から着替えるつもりだろう。単純な作業だが長時間やるといつのまにか汗を多くかいているんだよな。しばらくすると沢木の姿が見えなくなるる。


さて、こんなところでただいるだけっての時間の無駄だし俺も行くとするかね。

〔ハッピーホーム〕で龍と待ち合わせをしているし、待たせるのは良くないよな。


(腹減ったなぁ。また飯は果実だろうけど。時間があれば前話した通りに魚でも探すか)


俺も沢木と同じく〔ハッピーホーム〕へと向かうのだった。




〖〗

〔ハッピーホーム〕の更衣室に行くと何人か先程まで一緒にバイトをしていたやつらがいた。俺もその中に入り、着替え始める。沢木もいたが、さっき別れの挨拶をしたから今更話すというのもね。なので特に話すことはしなかった。


(着替え終わったし、入口に行くとしよう。だけどまだ来てないと思うからとりあえず入口で待つだけ待つか)


俺は入口前のベンチで座って龍を待つ。だが20分くらい待っていても来ない。何かあったのか、ただバイトが遅いだけなのか。だが班長は向こう側に向かっただろうしなぁ。


(もう少し待つかな)


それからまた待つ。座っていると、徐々に周りが冷えてきた。霧まで出てくる。


(なんか霧が出てきたなぁ。今日ってこんな日だったか?俺の雨雲レーダー(笑)は特に霧が出るなんて感じなかったんだけどな)


少し寒い。ちょっと身体を温めるためにベンチから立ち上がったその時、


(むっ!?空気が一瞬で冷たくなった。なんだろうな。この突き刺さるような空気は…)


自分の腕に何か冷たい物が当たった感触がした。何だろうか。不思議に思い、確認してみるとそれは水滴だった。1粒だけではない。この瞬間に大量の水滴が俺に当たるのだ。雨など降っていない。水滴自体はとても

小さく、シャワーの霧モードを吹きかけられている感じ。


(分からないな。だがこれがプレイヤーのカードによる力なら納得できる。これが本当にそうだとしたらこの水滴は危険!すぐに対処しなければ!)


俺は服や腕に付いた水滴を払いのける。そして再び空気が冷えた。さっきよりもさらに冷たい。


―――――――パキン


「……………なんだこれは?氷?」


気づけば俺の服は一部が凍っていた。そして水滴は小さな氷の塊として俺に乗っていた。これで確信した。こんなことはプレイヤーにしか出来ない。


俺は走りながらバッグの中にある〔幻想の書〕を素早く取り出す。もう戦闘は始まっているんだ。こちらもやらせてもらう。〔ハッピーホーム〕を戦場にしないためにも離れる。うまく相手を誘導するのだ。森の近くまで走り、俺が〔幻想の書〕を具現化した瞬間、足元に何かが突き刺さる音。


(ツララか……。こんなものが何もない空間から落ちてくるのか。当たれば無事ではいられないだろうな。異能力者が隙を見せるまで止まることなく動き続けるしかないか)


動きながらだと字を書くのが安定しない。それでも字自体は書ききることに成功する。自分を守るために盾を具現化する。正直なところどこから氷が襲ってくるのか分からないため防ぐことが出来たらラッキーくらいに思っておく。一応保険として〔痛遮断〕を使用する。もし痛みで動けなくなったらその時は終了だ。


「居場所が分からないタイプの敵は本当にめんどくさいよ」


心に思ったことをふと呟いてしまった。




〖〗

降り注ぐ水滴とツララ。俺は盾と反射神経のみで上手くさばいていた。だが無傷というわけではなく何本かが突き刺さっている。致命傷ではないが出血はできるだけ避けたい。そんな俺が動き回れるのは〔痛遮断〕の効果である。もし効果がきれたとしたらその時は倒れてしまうだろう。


(ここまでで分かったことを挙げてみよう。まずやつの異能力は氷と水の発生だろう。氷が現れる直前には水滴ができるがその水滴も氷塊として襲ってくるとな。そしてこれらの前兆として空気が一瞬冷える。タイミングさえ分かれば避けられないこともないが完璧ではないな。さて、居場所が分からないやつを見つけるにはどうするべきか)


襲撃者はおそらく俺の姿が見えているのだろう。でなければここまで上手く攻撃をすることなど出来ない。近くにはいる。俺は3秒で自分の出来ることを考える。


(でいくか………。できるだけ見せたくはないんだけどなぁ……。でも生き残るためには仕方ないよな)


1度立ち止まり、精神を平常に保つ。空気が変わる瞬間を感じるんだ。おそらくやつはこのタイミングを逃さない。


―――――――――!


空気が冷える。俺はポケットに入っていたライターの火をつけて空中へと投げる。


「今だ!」


――――パチンッ!


指を鳴らす。その瞬間、空気中で爆発が起きる。それは立て続けに起き、連鎖爆発を起こしていた。周りの砂や葉が飛び散り、小さな砂嵐ができていた。


俺は砂煙に紛れて逃げることにした。今の状態ではまだよく分からない相手と戦っても勝ち目が薄いと考えた。


1度〔ハッピーホーム〕の入口まで行く。ここなら他人の目もあるから襲いにくいだろう。ただ、この傷だらけの身体を見せるわけにはいかないので外にいる。それも入口の隅に。


「はあ………。危機一髪ってところかな。まだこれは安定しないか……。無駄に俺にもダメージが入ってしまったね」


俺の身体には氷などにできた傷だけでなく、先程の爆発に巻き込まれておってしまったものもある。軽い火傷ですんだがやはり少々リスキーだったかもしれない。


(ま、生き残ったし結果オーライだね。それにしても襲撃者がいったいどんなやつなのかだ。怪しいのはだが確証が持てないよな……。やつがボロを出すまでは待つとするか。とりあえず龍と合流して話すとしよう)


数分待っていると龍が来た。すぐにでも合流したかったが、帰る道中の目が気になる。今の俺の制服はところどころが破けていて血が滲んでしまっているからだ。あの龍と歩いていたら少し危ない匂いがするだろう。それを避けるために〔幻想の書〕を使い、制服を具現化する。だいたい5分くらいかけて書いた。それらに着替え、歩く。新しい制服にしても少し血が滲むが仕方がない。多少は見逃してくれ。


「龍。お疲れ様」


「ああ」


バイトの1日目はこれで終了した。




〖〗

森の中で佇む1人の男がいた。


「まさか逃げるとはね…。でも君の異能力がどんなものか分かったよ。あのタイミング。そして動き。ふふっ、今度は仕留めさせてもらうからね」


男の吐く息は白かった。身体にはところどころ水滴が付着している。男が歩き始めるとそれらは氷となって地面に落とされていくのであった。その時、森の温度が一瞬下がり、鳥達は騒ぎ、飛び立つのだった。







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