第34話

 神崎巡。一大ブームとなった『シャドウハンターズ』の作者だ。彼女は僕の、姉だ。

 ……姉さんに憧れてた。姉さんは才能豊かで、音楽も絵も、小説も、他のなんだってできてた。僕は子供の頃からそれに触れてたんだ。姉さんの作りだすものに。

 僕は昔、人と関わるのが苦手だった。内向的な性格で、友人がいなくて、ずっと一人遊びをしていた。

 そういう僕を姉さんは心配したんだ。それで、よく一緒に遊んでくれた。僕は漫画や小説を読んでいるのが好きだったから、同じものを読んで話し相手になってくれたんだ。

『シャドウハンターズ』の原型はその頃に生まれたんだ。漫画や小説を読むだけじゃなくて、今度は二人で何か作ってみようということになった。僕と姉さんでアイディアを出し合って、それを姉さんが実際に漫画にしてみせたりした。と言っても本格的なものじゃないさ。ノートの落書き程度のもの。それでも、楽しかった。

 そのうちに姉さんは中学生になって、パソコンの扱いを覚えた。そこからはもう早かった気がする。流行ってたボーカロイドにのっかって、曲を作った。ベースになったのは、子供の頃に遊びで作った物語だ。そしてそれがヒットした。

 僕は子供だったから、姉さんの作ったものが世間でどれくらい話題になったのかなんて知らなかった。ただとにかく嬉しかった。姉さんの作る音楽は力があって、聴いていて心地良かった。

 姉さんは次々に曲を作って、それから自作の小説も発表した。漫画にもなって……たちまち人気になった。そのあたりの経緯はお前ももしかしたら当事者なのかもしれないな。なんとなく知ってるだろ。『シャドウハンターズ』の盛り上がりは。

 今は下火になってきたとはいえ、それでも定期的にイベントが開かれるくらいには人気がある。姉さんは天才だったんだ。しかもそれは一つの分野に限った話じゃない。ありとあらゆる分野において、完璧なクリエイターだったんだ。

 問題だったのは、僕がそれに気がつくのが遅かったということだ。姉さんが普通じゃないのはわかっていた。でも、それを強く認識するには、姉さんは身近にいすぎたんだ。

 小学生の頃から姉さんの作るものに触れてきて、それの感想を言ったり、時にはアイディアを出したりして、手伝ってきた。そういう子供がその後どうするか、誰だって想像がつくだろう。ああそうだ。僕も挑戦したんだよ。ものを作ることに。

 ……上手くいかなかった。はじめは音楽。次は小説。その後は絵。何をしても求めるようなものを作ることができなかった。もちろん、はじめから上手くできるなんて思ってはいない。必死で練習もした。だけどいくらやっても、意味がないように思えて虚しくなるんだ。姉さんのところには届かない。僕が作るものは姉さんの劣化コピーのような気がして嫌になった。それでそのうちに、今やっていることを全部投げ出すんだ。音楽から逃げて小説から逃げて、何からも逃げた結果、どこにも行き場がないことに気がついた。

 姉さんの作るものが好きだった。姉さんの作る世界に憧れてた。だけどいつの間にか、僕の周りを囲む姉さんの世界が、僕にとっての重しになったんだ。

 一年部屋に引きこもって考えた。それで決めたんだ。世界を変えるしかない。僕を苛むこの重苦しい世界を、自分の手で作り変えるしかない。だけどそのやり方がわからない。ものを作ることに、挑戦し続けて、そして挫折し続けた。もう何に手を付けていいのかわからなかった。だからヒントが欲しかったんだ。ものを作って、自分の世界と向き合って、そして世界を変える。そういうことが、本当にできるんだという保証が欲しかった。

 荻原。だからお前を選んだんだ。何も持っていない、何もできないお前が、それでも絵を描いて世界を変えることができるなら、それが僕の、希望になるから。


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