第27話
学校からの帰り道を、荻原と二人で歩く。
駅へと続く通りを歩く間、荻原は終始無言だった。僕も無理に話しかけようとはしなかったが、ふと荻原は足を止めた。
それに気がついて僕も立ち止まり振り返る。僕らの脇を車が何台も音を立てて行き交いする。赤く染まりかけた空の下、荻原は小さな声で言った。
「神崎さん。……わたし、ちゃんと描きたいです」
しっかりと顔を上げて僕を見返すと、荻原は続けた。赤い夕陽がその背中を押すように強く燃えている。
「は、はじめは神崎さんに言われて、なんとなくでしたけど、でも、今はちょっと楽しくなってきていたんです。わたしにも……何かできるかもって。漫画をちゃんと描いて仕上げれば……何か変わるんじゃないかって。時々そう思えて……。今は、少し調子悪くて全然ですけど……でもやっぱり、ちゃんと最後まで描きたいってほんとに、ほんとに、そう思ってるんです」
「……ああ」
荻原には僕の返事は聞こえていないようだった。スカートの裾をぎゅっと握りしめ、話しているうちに少しずつ俯きながら、喋り続ける。
「だから……か、神崎さん。わたしのこと……ちゃんと、描くから……わたしのこと……」
「妙な心配はするな」
距離を詰めて、その肩に手を置く。荻原は弾かれたように顔を上げた。その瞳孔は微かに収縮し、映り込んだ僕の姿もあわせて揺れる。
「昼休みに言ったはずだ。僕はお前から離れたりしない。少なくともきちんと漫画を仕上げるまではな」
「……は、はい」
「荻原、僕は、お前を利用しているんだ。お前のために、漫画を描かせようとしているんじゃない。僕のために、お前に漫画を描かせようとしているんだ。僕は、僕の願いを叶えるためならどんなことでもやってみせる。僕の強引さは、お前だってわかっているだろう?」
「そ、そうですね」
ほんの少しだけ笑って彼女は頷いた。
「僕は、お前にどんなことをしてでも必ず漫画を描かせる。それはお前のためなんかじゃない。僕がそうしたいと思っているから、そうするんだ。だから荻原、お前は何も不安も心配も感じることはないんだ。……荻原芳子。僕を信じろ。僕がお前に何が何でも漫画を描かせる。自分にできるかどうか、不安になったり、心配をしたりする必要はないんだ。お前がどう考えようが、事態は変わらん。なぜなら、僕がお前を引っ叩いてでも引きずってでも、どうにかして漫画を描かせるからだ。お前が気に病むことは、何一つないんだ。わかるな?」
「……はい」
荻原は微かに笑って返事をする。その瞳は陽の光を反射して僅かにに煌めく。その眩しさに目を逸らし、手を退けると、荻原にさっさと歩くよう促した。
僕の後をちょこちょこと追いかけてきながら、荻原は言った。
「神崎さん。相変わらず無茶苦茶な理屈ですね」
「無茶でも道理は道理だ。それに、お前だって僕がこういう人間だってこと、いい加減わかってきただろう?」
「ふふ。そうですね」
荻原がぴょんと跳ねるように歩いて、僕の横にピッタリ並んだ。夕陽が伸ばす二つの影も、隣り合って長く先へと伸びている。
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