第22話
「んっ……」
久我山がそっと声を上げて伸びをする。下校時刻が来たので今日の会議は終了だ。荻原も疲れきった様子で机に身を投げだしている。僕は荷物をまとめ帰りの準備を始めた。
「ほら、お前らもさっさと帰るぞ。教師が来たら面倒だ」
「はーいー。急かさないでくださいよ。疲れてるんですから」
「帰ったら、ちゃんと自分で続きを考えるんだぞ」
「うう……。わかってますよう」
のろのろと立ち上がると、荻原は「あ」と声を上げた。
「帰り、どこか寄ってきませんか。わたし、甘いもの食べたいです。ドーナツ、クレープ……なんでもいいですけど」
「太るぞ」
「太りません! むしろ伸びます! 栄養は身長に回されるはずです!」
「えらく確信しているな。だが、小学生の頃から変わっていないだろ。その身長」
「神崎さんわたしの小学生のころなんて知らないでしょう!」
「知らん。だがそれで伸びたと言うなら、小学生の頃はもっと低かったわけか。ミジンコくらいか?」
「ち、違います。小学生の頃だって、今と同じくらいは……お、同じくらいは……………………の、伸びてない……わたし……」
荻原が膝をつくと、ふと脇からくすくすと笑い声がした。隣を見ると久我山が口を抑えて笑っている。
「あ、ご、ごめんなさい。おかしくて……」
「荻原はお前の言う通りおかしなやつだから、気にすることはないぞ」
「そういう意味じゃないでしょ! おかしいのは、やり取り……いえ、神崎さんの頭です!」
喚く荻原を無視して、久我山の表情を盗み見る。いつも、どこが怯えたような表情をしていた。だが今は、少しだけ楽しそうだ。
「……行くぞ」
「え? あ、待ってくださいよ。ほら、く、久我山さんも準備して」
「あ、その。わ、わたしも一緒に……帰っても……」
恐る恐ると口にする久我山に僕は言った。
「当然だろ。さっさとしろ」
「は、はい……!」
「そうだ。寄り道していくんだったな。何を食うか知らんが、喜べ。奢ってやる」
「は? どうしたんですか気持ち悪っ」
「……荻原、お前はなしだ」
「え! あ、う、嘘です嘘です。神崎さん最高! 憧れます尊敬してます! 素敵!」
「お前は……プライドというのがないのか……?」
「そういうのは、甘いもの食べてから考えます」
夕焼けの太陽は少しずつ沈んでいく。夜へと変わりつつある空の下へと、校舎を抜けてたどり着く。
荻原の機嫌は悪くない。久我山も加わり、この調子なら近いうちにネームも完成するだろう。そうしたら、後はひたすら描くための作業をするだけだ。荻原はすぐに音を上げるだろうが、そこはひっぱたくなり飴を渡すなりでどうにか上手く描かせるしかない。それは僕の仕事だが、まあ、なんとかなるだろう。
はじめはどうなるかと思った漫画制作だが、この調子なら上手く行きそうだ。五月の末まであと二週間近くだが、期日中にやってみせる。
「お。一番星!」
荻原が声を上げて夜空を指差す。夜空の真ん中に小さな輝きが灯っている。夕暮れから変わり始めたばかりの夜空はまだ赤い部分が残っていた。暗いだけではない、どこか温かみのある静かな空を僕はそっと見上げた。
すべては順調に進んでいるように思われた。だが、横槍というのはいつだって、思わぬところから飛んでくるものなのだ。
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