第20話
放課後制作会議……何日目だったか。回数はもう忘れた。
遊び明かしたゴールデンウィークを抜け、一向に進まないと思われた漫画の方だが、僅かな前進を見せた。荻原が、描きたいもの、その微かなヒントを得たのだ。あれからまた数日が経ち、締め切りの日まで二週間が迫っていた。
僕らが今挑戦しているのは、所謂、プロットという段階だ。
ひとえに漫画の描き方と言っても、それは人によって千差万別だ。アイディアやストーリーが湯水のように湧き出し、すぐにでも実際に描き始める人もいるだろう。
だが、荻原芳子は漫画作りの素人で、それにとてもじゃないが才能溢れるとは言えないので、制作は細かく順序に沿って進めていた。
この間僕たちは、微かながら漫画のアイディアを得た。なので今は、それをもとに、キャラクターやストーリーを明確にしていこうという段階だ。未だアイディア出しとも言えるから、たいした前進はないのだが、焦っても仕方がない。キャラクターや大まかなシナリオを決め、近いうちにネームを作る、それが目の前の目標だ。
そして今日の話し合いを終えた放課後。靴箱にたどり着くと、人影があった。下校時刻を過ぎているから、昇降口の周りは電気がなく、光は外の電灯から入ってくるものだけだ。そのせいで、顔がよく見えない。それでも、靴を取りに近づくとすぐに誰かがわかった。
「あ……」
相手に気がついて、荻原が声を上げる。向こうもローファーを取り出す手を止めて、僕らの方を見た。
「荻原さん」
ともすればぶっきらぼうな、つっけんどんにも聞こえる声で言ったのは、前に一度だけ会った森園美月だった。相変わらず薄いが、上手いメイクを施した艶やかな見た目をしている。
森園はすぐ隣にいる僕にも気が付き、すっと目を細める。
「それと…………神崎」
どこか不機嫌そうな声だ。いや、声音事態はさっきと変わらないが、その目には、敵意のような感情がある気がする。圧迫されるような視線に、僕は立ち止まる。
けれどすぐに森園は僕から視線を外したので、その感覚は気のせいかとも思えた。
「僕は呼び捨てか」
「別に良いでしょ。呼び方なんて、なんでも」
「まあ、そうだな」
いちいち目くじらを立てるような懐の狭い真似はしない。それに、そもそも、この女にどう思われようが知ったことではなかった。
「……遅いのね。二人で、何してたの」
「え? まあ、それは、その、いろいろと」
荻原は誤魔化す。漫画を描いていたとは言い難いのだろう。隠すようなことではないが、わざわざ喧伝することもない。僕は黙っている。
「いろいろって、何」
別に森園だって興味があって訊いたわけではないと思っていたのだが、意外なことに問い詰めてきた。荻原も驚き、へどもどしながら答える。
「い、いろいろはいろいろです。その、お喋りしたり」
「ふうん。仲良いんだ」
「え! ち、違います違います。こんな人、べ、別に友達でもなんでもありません」
「仲良くないのに、遅くまでお喋りしてたの? それって変じゃない」
「あ、いや、その……。まあ、そういうこともあるっていうか……」
「荻原さん、隠すんだ」
「え……」
開きっぱなしの昇降口の扉から、夜風が吹き抜ける。冷たい外気に晒されて、荻原ははっと顔を上げた。電灯の白い光を背中にした森園の表情は、一瞬、驚くほどに能面に見える。
「言いづらいこと、してるんだ。二人だけの秘密ってやつ?」
「別に……そういうわけじゃ……」
「いいよ。言いたくないなら、それでも別に。あたしには関係ないしね」
パンッと、破裂音のような音がして、荻原は肩を震わせた。何かと思ったら、森園が落とした靴が床を叩く音だった。森園はさっさと靴を履き替え、外へ歩いていく。昇降口の扉を抜ける寸前、こちらを一瞥して去っていった。その視線はまず荻原に向けられ、それから隣の僕へと向けられた。僕へ向けられた瞳は薄く、尖っていて、鋭い刃物を首もとに突きつけられたようだった。
やつの姿が見えなくなると、圧迫感が消えて、僕は思わず呟いた。
「なんだったんだ、あれ」
「……さあ」
答えられる人間は何処にもいなかった。
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