3章

第19話

 荻原芳子という女について考える。

 僕がやつと出会ったのは、高校生になってからであって、つまりは四月。同じクラスだったので入学したときから顔と名前は知っていた。

 だが、やつのことをきちんと覚えていたかと言われるとそれは違う。あいつは目立つようなタイプではなかったから、自己紹介の時もぼそぼそと適当なことを言っただけで僕の記憶からはすぐに消えた。同じ教室で過ごすわけだから嫌でも目に入るが、その姿は路上の石ころのように視界の隅を通り過ぎていった。

 やつの名前を改めて意識したのはあのスケッチブックの一件からだ。たいしてうまくもない絵としぬほどつまらない漫画。たまたま僕はそれを見かけて、それでやつのことを改めて知った。

 その後、僕が荻原に漫画を描かせようとしている経緯は知っての通りだ。僕は、やつに漫画を描かせたい。それは、やつがとんでもない才能を秘めているとか、漫画に対する並々ならぬ情熱があるからとか、そういうことではない。むしろ逆だ。

 荻原芳子という女は、わりとどうしようもないやつだ。僕はそれが、このしばらく、共に過ごすなかでわかってきた。

 やつはまず、頭が悪い。びっくりするほどだ。表面上はそこそこ真面目に授業を聞いていますよ、という顔をしているくせに、たいていはこっくりこっくり船を漕いでいる。たまに真面目にノートを取っているかと思ったら落書きをしているだけだ。もっとも、落書きに関しては僕としてはむしろ喜ぶべきことなのだが、それはそれとしてやはりあいつは頭が悪い。

 見た目はチビだし運動神経も悪い。全体的にとろいし、しかも要領が悪い。学校から与えられたつまらない課題をこなすのに何時間もかかるし場合によっては終わらない。それで居残りをさせられたりすることもしばしばだ。

 そして何と言っても怠惰だ! これが一番致命的なのではないかと僕は思っている。やつは、少しでも労力の掛かりそうな事態に直面すると、まずなんとか放り出せないか考え、それができないとわかると渋々向かい、けれどやはり面倒になるのかその場にうずくまる。居眠りをしたり、漫画を読み始めたり、落書きをしてみたり、とにかく面倒ごとが嫌いなのだ。

 荻原芳子がどんな女なのかと訊かれれば、僕の答えは一つだ。どうしようもないやつだ。軽度のクズ。それが荻原芳子という女に与えられる相応しい称号であるだろう。

 けれど僕は、だからこそ、こいつを選んだのだ。

 磨けば光るものなんて、どう見ても持っていない。逆さにしても揺すっても、たいした価値のあるものは落ちてこない。こいつは玉ねぎだ。剥いても剝いても、中身が見えてこない。そういう女だ。

 それでいい。僕はただ、知りたいのだ。創造すること、ものを作ること、それに一番必要なものが何なのか。

 もしもそれが、才能なんて簡単なものなら、僕を含めた多くの人間はすでに道が閉ざされていることになるだろう。なら、才能に追いつくような、努力こそが、創造に最も必要なものなんだろうか。

 ……わからない。だからこそ、僕は知りたい。そしてそれは、この荻原芳子という、どうしようもない女がものを作ったとき、答えが見えてくるものなんじゃないだろうか。

 そう、考えている。

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