第13話

     


 図書室を出て、教室へ戻る。最近は話すこともなくてすぐに解散となるが、それでも一応、学校のある日は、毎日荻原との制作会議は続けていた。

 今日も、荻原に待つよう言っておいたから教室にはいるはずだ。図書室で久我山と話し込んで、少し時間が経ってしまったので早足で向かう。

 廊下を歩いていくと、教室の前に荻原の姿が見えた。

「おい」

 声をかけてから、荻原が誰かと話しているのに気がついた。女子生徒だ。同じ一年だが、顔に覚えはない。もしかしたらどこかですれ違っていたかもしれないが、よく知らないということは、他のクラスの生徒だろう。

 側に寄ると、荻原とその女子生徒は同時に振り返った。

「誰、こいつ?」

 女子生徒は僕を指差し言う。そのぶしつけな物言いにムッと腹が立つ。

「お前こそ、誰だ」

 言い返すと、女子生徒は一瞬気圧されたように黙った。けれどすぐに強気な目で僕を睨みつけてくる。中々に、好戦的な性格のようだ。

 よく見ると、そいつはそこそこ整った顔立ちをしていた。つり上がった眉に切れ長の双眸。明るい栗色の髪は微かに染めているのだろうか。教師に目をつけられない程度のメイクも施していた。全体的に、地味でサブカル好きの荻原とは正反対な、明るい印象のある女だ。

 間に挟まれた荻原はあたふたしながら説明する。

「お、同じクラスの神崎さんです。で、こっちは、お隣のクラスの森園美月さん」

 そう紹介されると、森園というらしい女は、値踏みするように僕を頭の先からつま先まで見た。不快な視線だ。僕は見ず知らずの人間に点数をつけられる覚えはない。文句を言ってやろうかと思ったがそれより早く森園が口を開いた。

「神崎ね。あんた、荻原さんとどういう関係なの?」

「何だ、それ」

 意外な質問だった。

「そのままの意味よ。最近一緒にいるのをよく見かけたから」

「ふむ。そうだな……」

 僕とこいつの関係を簡単に説明しようとするならば、

「期間限定の運命共同体といったところだな」

「なによそれ?」

 呆気にとられる森園の横で、荻原が慌てた。

「ち、違います。ただのクラスメイトですよ」

「……何かよくわかんないわね」

 森園は肩をすくめた。それよりも僕の方でも気になることができた。

「そっちこそ、どういう関係なんだ? 友人なのか」

 荻原に目を向けると、あからさまに荻原は狼狽した。視線を森園と床下の合間で彷徨わせ、

「えーと、その……ど、同級生です。中学の時からの……へへ」

 森園の顔色を伺うようにして卑屈な笑いを荻原は浮かべる。……なるほど。友達ではなさそうだ。荻原の笑いには、身分の下の者が上の者に媚びるときの、浅ましさと情けなさが含まれていた。同じ年齢だというのに、そこには明確な身分の上下を感じさせる。誰に強制されたわけでもなく、荻原自身が勝手に森園に対して引け目を感じているのだろう。……露骨すぎて哀れになるが。

 どうやら二人は、中学からの付き合いだが、さして深い交流はなかったように見受けられた。森園からは、常に人から羨望の視線を浴びてきた者特有の自信と仄かな傲慢さが見て取れる。荻原も、多くいる友人未満の人間の一人に過ぎないのだろうと、僕は推察した……が、

「……」

 森園が荻原の方から視線を逸らして、目を伏せた。それは、痛みを堪えたような反応で、僕は怪訝に思う。

 だが、それも一瞬だった。僕に視線を戻した時、森園は唇をムッと尖らせたつまらなそうな表情になっていた。さっきのは僕の気のせいだったのかもしれない。

「で、何を話してたんだ、二人で」

「いえ、落とした手帳を拾ってもらっただけなんです」

「そうか。悪いが、僕は荻原と話がある。用がないなら帰ってくれ」

「か、神崎さん。そんな言い方……」

「……いえ。別にこれ以上用はないもの。邪魔して悪かったわね、荻原さん。それじゃ」

 軽く手を振って、森園はさっさとその場から立ち去った。姿が見えなくなると、荻原はほっと息を吐く。

「いなくなって安心したのか?」

「ち、違います! そんなんじゃないです!」

 荻原は慌てて弁明をする。

「森園さんは良い人ですよ。……ただ、その」

「ただ、なんだ?」

 言いにくそうに口をもごもごさせながら、荻原は答えた。

「ああいう、存在感のある人って、近くで話してるだけで、びっくりしちゃうっていうか。気圧されるっていうか……。わ、わたしが悪いんですけど、でも、気が休まらなくて……。そういうの、わかりませんか?」

「知らん。同じ人間だ。獣と向かい合ってるわけじゃない。堂々としていれば良い」

 荻原は深くため息を吐いた。

「……ですよね。神崎さんにこの複雑なニュアンスをわかってもらおうとしたわたしが馬鹿でした」

「複雑なもんか。共感はしないが想像はつく。それと、お前が阿呆なのはよく知ってる」

「はいはい、わかりましたよ。……それで、会議の方ですよね。でも、朝も言いましたけど、わたしまだ何も考えてきてません。申し訳ないですけど、もう少し時間をもらえませんか?」

「それについてだがな、今日は考えてきたことがある」

「はい?」

 久我山と話してから、決めていたことだった。

「もうすぐゴールデンウィークだな」

「あ、そうですね」

 荻原は教室の中を覗き、壁にかかっているカレンダーを見た。

「荻原、お前は何か予定があるか? ……ないな? よしっ」

「勝手に決めつけないでくださいよ!」

「あるのか? 家族旅行か?」

「それは、今年は特にないですけど……。でも別に、ゴールデンウィークにやるのは家族旅行だけじゃないですよね。友達とだって、遊びに行くかも……」

「行くのか?」

「いや、行かないですけど……」

「ふん。だろうな。どうせお前みたいなサブカル女のことだから、せいぜい部屋に引きこもってネット三昧か、ためていたアニメを消化するか、漫画喫茶にでも出向くくらいしかやることはないだろう」

「ぐぬぬっ……。どうしてわたしの素晴らしきゴールデンウィークの計画を完璧に言い当てることができるんですか……!」

「お前の思考回路が単純極まりないからだ。……それでだ、荻原よ。僕とお前の漫画制作のために、このゴールデンウィークにやるべきことを考えてきた」

「な、なんですか……。はっ! まさかゴールデンウィークを使って絵の練習をさせたりするんじゃないでしょうね……? い、いやです。お断りですよ。わたしには、昼過ぎに起きて部屋でごろごろするという大事な計画が……!」

「それだ!」

「は、はい?」

 立ち尽くす荻原に向けて指を突きつけ、僕は宣言した。

「このゴールデンウィークは、遊ぶぞ!」

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