第10話

 漫画に限った話ではないが、物語を作るのにはいくつかステップがある。人によってやり方はまちまちだろうが、少なくとも漫画の場合、いきなり雑誌に掲載されているような形で描き始めるというのはないだろう。代表的な行程としては、プロット作成、ネーム、下書き、ペン入れ……エトセトラ。だがそのプロットを作るにもネームを描くためにも、話のアイディアがなくてはいけない。

「さて、今日から実際に作業にとりかかっていくわけだが……」

 放課後漫画制作会議二日目。今日もまた、僕と荻原は教室に居座っている。

 これから一ヶ月。このようにして放課後に、定期的な会議を開くことを決めていた。色々と段取りや決めるべきことがあるし、それに実際に漫画を描くのは荻原だが、こいつは放っておいて自分一人で作業ができるタイプではない。荻原がきちんと漫画を描けるよう、僕が監督していかなければならない。

 と決めたものの、肝心の荻原本人の態度が頼りなく、不安になる。

「荻原よ。アイディアは考えてきたか?」

 アイディアというのはもちろん、漫画を描くために、どんな話にするのか、どんな人物を登場させたいのかなどだ。まだ明確でなくても良いが、ある程度荻原がどんな考えを持っているのか、まとめてくるよう昨日のうちに言っておいた。

「はあ。まあ、その、えーと、ぼちぼち」

「ぼちぼち?」

「はい。こう、ふわっと」

「ふわっと……」

 やはり、頼りない……。こいつは真面目に漫画を描く気があるんだろうか。しかしとりあえず話を聞かないことには前に進まない。

「それで、どんな感じなんだ?」

 尋ねると、荻原は手のひらをしきりに擦り合わせながら、ぽつぽつと答える。

「はあ。その、あー……女の子がいて……」

「ふむ。というと、十代の少女が主人公ということか?」

「はい。たぶん、そんな感じで」

 まあ、主人公は身近な年齢で、性別も同じのほうが、荻原も描きやすいだろう。それに若者が主人公なのは、やはりどの作品においても鉄板だ。良い考えだと思う。

「それで、その主人公が何をするんだ?」

「え? さあ……」

「おい」

 半眼になって睨むと、荻原はびくりと肩を震わせて早口に続けた。

「えーとたぶん、何かこう、何かをするんですよ」

「何かってなんだ」

「さあ……」

「………………」

「ごめんなさーい!」

 荻原はすぐさま平身低頭した。顔を上げて泣きべそをかきながら言う。

「だってえ、いきなりアイディア持ってこいとか言われても困りますよう。わかんないですよ、お話なんてまともに考えたことないんですから」

「それはそうかもしれんが……。本当に、何もないのか?」

「わかりませんよ……。神崎さんこそ、何かないんですか」

 荻原は早速人に頼り出した。僕は腕を組み、ため息を吐く。

「……いいか荻原。よく聞け」

「は、はい?」

「僕は確かにお前が描くのを手伝うつもりだ。だがそれは、手伝うのであって、お前と共に、同じ立場で漫画を作るというわけではないんだ。あくまで漫画を作るメインはお前だ。例えばだな、僕がアイディアや実際のシナリオを書いて、お前が絵を描く……」

「あ、それいいですね!」

「違う! そうじゃないと言ってるんだ」

「ええ……」

 荻原は不満そうだ。

「だいたいそれは、お前がシナリオを作るのを面倒くさがってるだけだろ」

「うっ」

 図星らしい。

「そうではなくてだな。描くのはあくまで、お前だ。僕が手伝うのは、お前のやる気が出るように、また、何か躓いたときに一緒に問題を解決するのを、助けると、そう言っているんだ」

「……なんかそれ、わたしばっかり大変じゃないですか」

「お前が描くんだから、当然だろう。そんなことも考えてなかったのか。阿呆め」

 荻原の目が怪しくキラリと光った。机の上に体を投げだしジタバタする。

「あー! そういうこと言われるとやる気がでなくなりますー! あーあ、今日はもうだめです。神崎さんに馬鹿にされてわたしは傷つきました! 帰ります!」

「ええい、黙れちんちくりん!」

「あれ? いいんですか、そういうこと言っていいんですか? わたし、本当に帰っちゃいますよ。やる気なくなっちゃいますよ?」

 こいつ、最低だ……!  

「お前は甘やかすと調子に乗るタイプだからな。自分でもわかってるだろ」

「あうっ」

 またもや図星らしい。荻原はすぐに頭を下げる。

「はい……すみません……。調子のってました……」

「わかれば良い」

 すぐに謝るところがいかにも小物だ。だが、こいつの問題ある性格については、我慢して付き合っていくしかないだろう。

「それで、何の話だったか。……ああ、そうだ。アイディア出しの話だ。アイディアがなければ、当然ネームも描けん。それに荻原、何度も言うが漫画を描くのはお前がやるんだぞ。それは絶対、大変な作業だ。途中で上手く描けなくて何もかも嫌になったり、面倒になったり、そういう経験は必ずするはずだ。それは、僕よりも多少なりとも絵の心得があるお前のほうが、ずっとずっとわかっていることだろう?」

「う……そうですね……」

 肩をすぼめて荻原は頷く。一枚の絵を描く大変さ。ストーリを作り上げる難しさ。これからやることはきっと、僕にも荻原にも未知の経験が多分に含まれていて、想像もつかない労力を必要とされるだろう。

「だから、せめてそこには、お前のやりたいという気持ちが必要なんだ。途中で投げ出さなくてすむように、お前が描きたいと思ったものをやる必要があるわけだ。そのためには、お前のアイディアが……お前がやりたいものが必要なわけだ。わかるな?」

「はい……。おっしゃる通りです……」

「なら何かアイディアを出せ。それを具体的な形にするのに、助言はする。しかし、とにかくまずは、お前のアイディアだ」

「はい……」

 荻原は俯いて、しばらくじっと座ったまま腕を組み、唸る。そして唐突に顔を上げて、言った。

「すみませんやっぱり何も思いつきませーん!」


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