第5話

「……それで、いろいろ考えたんだがな」

 今日は少し豪勢に、海老天うどんを頼んでみた。学食の海老と侮っていたが、なかなか立派なものだ。衣で大きさをごまかしはしていないようだ。

「なんでここにいるんです、か!」

 向かいに座る荻原に怒鳴られた。

 昼休みだ。学食に行く荻原の後をつけ一緒に食事を取ることにした。ま、向こうは納得していないみたいだが、どこに座るのかは僕の自由だ。

「あっち行ってくださいよ。席、空いてるでしょ」

 と荻原は奥の空いている座席を指差す。

「ここがいい。お前にとやかく言われる筋合いはないな」

「ぐぬぬ……」

 荻原は呻いた末、箸を盆に乗せて立ち上がると、空いている座席に移った。僕もついていくことにする。

「ついてこないでください!」

「風向きが悪い。クーラーが効きすぎだな。寒いのは少し苦手だ。……どうした。早く食べないと伸びるぞ」

「こんなの、ストーカーですよストーカー! 訴えます」

「ふん。そんなちんちくりんな身なりでつきまとうやつが出るものか。自惚れるのも大概にしておけ。鏡を見るんだな鏡を」

「ちんちくりんって言わないでくださいー! 小さくないですこれから伸びるんです!」

「小さいって認めてるじゃないか」

 やれやれ、と頭の固い荻原にうんざりしてため息を吐く。荻原も諦めたのか、もそもそとうどんを食べ始めた。

「そういえばこの間もここにいたな。教室では食べないのか?」

「ここのおうどんが美味しくて……って、話しかけないでください」

「嫌われたものだな。何か気に触ることをしたか? 場合によっては謝ってやらないこともないぞ」

「その! 傲慢な! 態度が! いちいち気に触るんですよう!」

「それだったら気にするな。生まれつきの性格だ。ま、お前が人より輪をかけて阿呆だからっていうのもあるがな」

「あー、もう!」

 荻原は机に突っ伏した。

「もー、今度はいったい何の用なんですか。朝の話の続きなら、お断りだって何度も言ってるじゃないですか」

「それなんだがな」

 僕は麺を飲み込んでから、言う。

「お前は漫画を描くことに興味がないわけじゃない。だが、僕と組むことには反対だ。なぜなら、僕のことが嫌いだから、と言ったな」

「……ええ。言いましたけど?」

 突っ伏した姿勢のまま、わずかに顔を上げて、胡乱な瞳を僕へ向けてくる。

「それはつまり、僕のことが嫌いじゃなくなれば、やってみても良いという事だろう?」

「えーと、まあ、そうなりますか……?」

 荻原は「馬鹿かこいつ?」という目をしている。僕は頷き、

「そこでだ。僕は考えた。荻原芳子よ。僕と仲良くなろうじゃないか」

「……は?」

「よくよく考えれば、僕らはもう二回もこうして昼食を一緒に取っている。もはやこれは、友達というカテゴリーに入れても良いんじゃないか。少なくとも僕はそう思う。荻原芳子、お前は僕の友達だ。お前も、僕のことを友達だと思ってくれると、嬉しい」

「前からおかしい人だとは思ってましたけど……よっぽどだったんですねえ」

 荻原は遠い目をしている。僕は簡単に諦めるつもりはなかった。

「とりあえず友好の証として海老天をやろう。ほれ」

「あ、本当ですか? 美味しそう。…………じゃなかった。いりませんよ。そんなの!」

「そうか? なら僕が食べる」

 宣言通りかぶりつくと、荻原は「ああ……」と切なげな声を出した。けれどすぐに、水を被った犬みたいに激しく首を横に振る。

「ほんっと、どういう頭してるのか謎なんですけれど……。どうして仲良くなろうなんて考えられるんですか」

「お前が言ったからだ。僕のことを嫌いにならなければ、漫画を描いてくれるんだろ」

「どうしてそこまでするのかも意味不明ですけど……。とにかく無理ですよ。あなたと仲良くなんてなれません」

「無理かどうかはやってみなくちゃわからないものさ。大丈夫。意外にうまくやっていけるかもしれん。お前の頭がもう少しまともに回転して、相応の知識を詰め込みさえすれば」

「ほらもう! そういうところが嫌なんですよ!」

「ふむ。そうか。以後、気をつけよう。ちんちくりん」

「あなたほんとにわたしと仲良くなる気あるんですか?」

「ある!」

「ならもっとそれらしくしてくださいよ……」

 荻原は深々とため息を吐いた。こいつは話していると、いつもため息ばかり吐いている気がする。

「そんなだから、幸せが逃げていくんだぞ」

「誰のせいですか誰のー!」

 荻原はヤケクソ気味に叫ぶと、一気にうどんを掻き込んだ。そんなに慌てると喉に詰まるぞ、と忠告してやろうとしたら案の定青い顔になって咳き込んでいた。水の入ったコップを差し出してやったから、多少は仲良くなれただろうか。

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