第45話 第2段階A班1 作戦変更

「うう、気持ち悪い・・・」


アンジェリーナの荒い運転に俺は完全に酔ってしまった。

一ノ瀬はケロっとしているが、神山は顔色が悪い。


「大丈夫?」

アンジェリーナは俺を心配してくれる。


が、原因はアンジェリーナだ。

あの運転は狂気に満ちていたと思う。


「大丈夫?松ちゃん。」

神山が心配してくれるが、あなたもかなり顔色が悪い気がするんだが。


「神山も酔ったの?」

「私は酔ってないわよ。ただちょっと血の気が引いただけよ。」

アンジェリーナの質問に答える神山。


ちょっとまって、あの運転でみんな酔わないの?

もしかして俺が異常なの?


「そんなに怖かった?一応手加減したつもりなのよ。」

アンジェリーナの言葉に俺はもう二度とアンジェリーナの運転する車に乗らないと心に誓う。


「上陸部隊はまだまだ遠いですね。でも作戦通りこちらには向かってきているようです。」

一ノ瀬はTE01のアタッチメントのスコープを覗いている。

こんな時でも一ノ瀬は冷静だ。


それよりも、銃のスコープってそんな使い方ができるのか。


ちょっと気が紛れて車酔いがマシになった俺は改めて周りを見渡す。


どうやらここは手入れされていない浜辺であるようで、見通しがいい。後ろのちょっとした丘には島ができて1年も経っていないというのに、古めかしい変色した小さな白色の灯台がある。


「アンジェリーナ、これからどうする?」

「説明したはずよ。あのやってくるボートを乗っとるのよ。」

「ええ?」

そんなの聞いてないぞ。


「何を驚いてるのよ。南太平洋浮島の連中が空からビラを撒いたわよね。その時の謳い文句覚えている?


“ 我々は降伏したものを丁重に扱い、我が国の一番安全な場所で戦争が終わるまで匿う。抵抗するものには容赦しない”


抵抗せずに捕まれって言ってるのよ。

だからこそこの浮島の人は必死に逃げたわ。


でもこれって逆説的に言えば、捕まえるための部隊を送ってくるということよね。

そして実際に目の前にはボートが押し寄せている。


普通、民間人を連れていくのに必要な人数は最低2人。ボートを運転する人と、民間人を脅して大人しくさせる人。


ということはボートを乗っとるのも少人数制圧すれば終わるわ。そして帰還する船味方の船から攻撃されたら、きっとさぞかし混乱するでしょうね。


危険すぎるなら私がすぐに転移で引き上げられるからちょっと無茶しても大丈夫。


だから一度捕まるわ。」


え....そうなの?


「捕まるなら武器はどうするのですか?さすがに武器を持ってまま捕まったら取り上げられますよ。」

「大丈夫、そこは織り込み済みよ。力がある男が適任な作戦に何故に女2人がついてきてるか。」


アンジェリーナの言葉に神山がため息を吐く。


「アンジェリーナが何ために服の下にこんなモコモコなものを着せたかわかったわ。正直少し苦しかったのよ。」


モコモコ?

俺は神山を見る。

タイトな白シャツで胸が強調された感じの少し大人風な服装。観光客と言われれば間違いなくうなずきそうな服装なのだが。


神山は少し悪戯っぽい顔をして一ノ瀬の手を握る。

そしてその手をいきなりシャツをめくり上げて自分の服の中へ。タイトな白シャツに浮き上がる一ノ瀬の手。


しっかりとその手は神山の胸を掴んでいる。


「うぇぇーーーちょっと、神山さん、何をするんですかぁ!僕には鈴がいるんですよ?」

顔が真っ赤になる一ノ瀬、腕を神山の腕の中から引き抜こうとするけど神山がそうはさせない。


「神山...やめてやれ。」

羨ましいが、ちょっと一ノ瀬が可哀想になる。

アンジェリーナは大笑いだ。


「しっかりブラの下に手を入れるのよ。」

神山が服に上からブラのアンダーを持ち上げて一ノ瀬の手を差し込む。

今度は白シャツにブラのカップが浮き上がる。

神山はニヤニヤしている。


「うぁぁぁ...鈴ごめん!!」

「しっかり揉んでみなさい!!そして鈴の胸の感触と比べればいいわ。」

「いやだよ。」

必死に抵抗する一ノ瀬。


さすがに可哀想になってきたので、一ノ瀬を助けようとするとアンジェリーナに止められた。


「一ノ瀬、冷静になってちゃんと揉んでみなさい。」

ちょ...アンジェリーナさん?


「アンジェリーナさんまで....」

一ノ瀬は絶え絶えだ。

「いいから、神山が言うように鈴の胸と比べててみなさい!!」

怒られるように言われて一ノ瀬、恐る恐る手を動かす。


「暖かくない?」

一ノ瀬の素直な感想。


俺とアンジェリーナ、神山は吹き出してしまった。


「あと、人間の皮膚ではなくてゴムのような感触?」

「正解よ。」


アンジェリーナは笑いを堪えながらそう言った。


訳がわからない。どういうことだろう?

俺の疑問に答えるようにアンジェリーナは解説してくれた。


「実は神山の胸は偽胸なのよ。女性が男装するときに使うコスプレ用の胸潰しに硬いゴムを乗せてその上にシリコンを載せたものよ。これなら中に何かを隠してもわからないでしょ?


それに私が今履いているロングスカートの中にも、神山のスカートの中にもちゃんとギリギリそのTE01改を分解して持っていけるだけのポーチをつけてきているわ。」


そう言って、アンジェリーナは少しだけスカートをめくってタイツの上にベルトで付けられたポーチを見せる。


「アンジェリーナ、自慢したいのはわかったから、スカートを自分でめくるのはやめてくれ。」

俺に言われて慌ててスカートを下ろすアンジェリーナ。


「神山が“ダイエットしたら胸が小さくなった”とギルドホームの女子仮眠室で鈴と話してたのを聞いて気付いたのよ。


神山なら腰の形がいいから、胸を大きくしても違和感ないだろうというと持って。」

アンジェリーナ、ダメ。それは言ったらダメなやつ。


アンジェリーナは普段研究ばかりしているので、常識がすっぽり抜けている時がある。普段なんの支障もなく話すのに、女性のコンプレックスを平気で口にするし、自身のことも俺と付き合い始めてマシになったが、それでも疎い。


神山様の頭から煙が出ている気がシマス、ハイ。


「はぁ....」

神山はため息を吐く。そしてものすごい笑顔になる。


「一ノ瀬、あなたがさっき触ったブラ、あれアンジェリーナのよ。」

神山、どうやらアンジェリーナを恥ずかしめる気だろう。だが相手はアンジェリーナである、やめとけばいいのに。


「えええと...」

巻き込まれる一ノ瀬。


「つまりあの偽胸はアンジェリーナの胸と同じ大きさなのよ。」

「当たり前よ。モデルなしでこんな精巧な女性の乳房を作れるわけがないじゃない。」

神山、アンジェリーナに恥じらいもなく平然としている様子に慌てる。


「アンジェリーナ、恥ずかしくないの?自分の胸の大きさを男の人に知られたのよ。それに精巧って。」

真っ赤な顔になる神山。


一ノ瀬はただ巻き込まれたラッキースケベ...いや、これはもはや罰ゲームかしれない。少なくとも俺は一ノ瀬の立場になりたいとは思わない。


彼女と自身の共通の友人にこんなことをされたのだから。


しかし、最大の被害者は俺だ。なにが面白くて彼女の胸の感触を他の人に知られなければならない。


だが、鈴という彼女の胸を揉んだことがあると暴露させられたのが少し可哀想なので許してやろう。


俺はちょっと上から目線にそんなことを考えていた。


後でアンジェリーナにはお説教と教育が必要だ。


「恥ずかしい?私は別に何も恥ずかしいことはしてないわよ。偽物とは言え、彼氏でもない人に触らせてないし。それに乳房の大きさを知られたり、その感触を知られてなにかあるの?


私の実際の胸を触られるのはチャン以外ごめんよ。でも模型なんてどうでもいいわ。」


神山は自分がやった事を一度考え直す。そして「うー」と言いながらうずくまった。きっといま神山はものすごい自己嫌悪と羞恥に陥っているのだろう。


「恥ずかしいなら最初からやらなければいいのに。」

アンジェリーナは無自覚に神山に留めを刺した。




俺たちは車の中でTE01改を隠すために女性陣が着替える中、ずっと車のドアを背に座り、見張り役をやらされた。


見張っているのはもちろんこっちに近づきつつある上陸部隊だ。


「アンジェリーナさん、どうする気なんだろう。」


「どうしたんだ急に。」

「いえ、実はやってくるボートなのですが、軍隊らしい服は着ていますが、身なりが海賊なんですよ。


そしてアンジェリーナの予想と違って、1つボートに人が沢山乗っています。」


え?それって不味くないか?


「ちょっと、それかして。」

俺は一ノ瀬から単眼鏡を覗く。


少し大きめのボートが白い曳波をたてて、こちらに近づいてきている。

そしてボートには何人もの男がアサルトライフルのようなものを背負ってボートの中を右往左往している。


俺は慌てて立ち上がって車の窓を叩く。

上半身裸の神山が服を胸を隠す。アンジェリーナはスカートをめくりあげて銃の部品をポーチにしまっている所だった。


俺は緊急事態なので、遠慮なく扉を開ける。

「松ちゃん、まだ着替え中よ。」

神山がつばが飛びそうな勢いで声を上げる。


「ごめん、神山。それどころじゃない。アンジェリーナ、南側から予想通りに船が来ているのだけど、ちょっと見てくれ。」


アンジェリーナは俺から単眼鏡を受け取ってボートの様子を確認する。

「ざっと100艇くらいわるわね。しかも想定と違ってほかの場所に散らばらず南側一点集中で兵を送り込んできたみたい。


私の予測では浮島全体に散らばって攻めてきて、B班の仕掛けをみてアメリカ軍のいない南側に行くはずだったのだけど。


今回みたいに、航空支配ができていないのに1か所からまとめて兵を送るのは、アメリカ軍が空母をここまで持ってきている以上、空爆される可能性があるから不合理な選択なはずなのよ。


...仕方ないわ。普通に妨害をしましょう。狙撃したり、トラップを仕掛けて混乱させる作戦に変更よ。


神山、着替えるわよ。」

女性陣は再び車で今度はTE01改の部品を取り出すために着替える。






アンジェリーナは神山に捕まり灯台の最上部へ。

アンジェリーナは転移マーカーを最上部に設置したあと、転移で一ノ瀬を最上部に連れて行く。そして神山と共に戻ってきた。


先程まで民間人に紛れるつもりだったのでインカムをつけていなかったのだが、今度はしっかりとインカムをつける。


「一ノ瀬、聞こえる?」

「はい大丈夫です。」

アンジェリーナは一ノ瀬に無線機を通じて話しかける。


「いい?使う弾は実弾よ。本当に人を殺せる武器だけど、その武器は最果て弾と違って物理攻撃も可能なの。


エネルギーパック装備時、ジャージ最大で約5kmの有効射程があるわ。


狙うのはエンジンよ。狙撃に気づいた船は回避行動をとるはずだから、最初はブリッジ。2発目でエンジンよ。


なるべくギリギリまで妨害した後、転移で逃げるわ。


その場所は地上から上がって来れないから、比較的安全な狙撃ポイントのはずよ。


狙撃銃型のダンジョン武器ではないから、慣れないかもしれないけど、頑張ってね。」

「了解、打てる距離になったら、すぐに撃ちます。」


俺たちは一番最初に狙うであろう灯台内部からブービートラップを仕掛けることにした。


「皆さん、南太平洋軍がきますよ。北側に逃げてください!!」

アンジェリーナが灯台に避難している住民を北側に誘導する。


どうやら空襲を心配していたようで、頑丈な建物の中に逃げていたようだ。


灯台の周りの車が次々と走り去って行く。


一応中に誰もいないことを確認するアンジェリーナ。


「さて、ブービートラップを仕掛けていきましょう。殺傷性が一切ないけど、イラッとするような奴がいいわ。」


アンジェリーナはニヤリと笑った。



アンジェリーナが転移でギルドホームに帰り、いろんなものを持ってきた。


使えそうなものから使えなさそうなものまで。


「さてブービートラップ作って行くわよ。」

アンジェリーナが一番最初に取り出したのはスモークグレネードだ。


灯台の入り口にタコ糸を張り、その先にスモークグレネードをつける。


そしてそのさらに糸の先に、ターボライターで糸を引っ張ると火がつくように改造。そしてターボライターが動作する位置に、爆竹の導火線。


「これで入ろうとしたら急にスモークを投げられて、銃を撃たれていると勘違いするはずよ。」


アンジェリーナの悪戯のようなブービートラップは止まらない。


ラップ、サラダ油、ラップでサンドイッチを作り、その上にマットを引く。


おそらく、このマットを踏んだ人は盛大にこけるだろう。


アンジェリーナは止まらない。


灯台の管理室の引き戸に顔ラップ。そしてシリコン接着剤。


灯台の上に上がる階段に画鋲を針を上にして大量に置き、階段上のフロアの床にサラダ油とガソリンをぶちまけ、しっかり窓を閉める。


これは靴底に画鋲が刺さって滑りやすくなったところに油を引いてコケるのを期待しているのだろう。

さらに発砲でもすれば爆発だ。


おそらくこのガソリンの匂いで気付いて発砲する人はいないだろうが。


「これだけすれば十分ね。もう灯台に用事はないわ。他の場所にも仕掛けたいわ。どんどん行くわよ。」


避難している人がいる施設に二箇所ほどまわって、北側に避難するように言ったあと、灯台と同じようなブービートラップを仕掛けていく。


手入れされていない浜辺にも行った。


アンジェリーナは天然の浜の海藻の下に転移スキルで砂を退けてドラム缶を埋めて隠し、ドラム缶半分に黄色のペンキを入れた。


これは単純な落とし穴だ。

この仕掛けを海藻の下に何箇所か作る。


道路に上がる階段前にはドラム缶の落とし穴の前に海藻を置く。

これはきっと、さっき海藻の落とし穴に引っ掛かったのを見た人が海藻を避けて行くと引っかかるやつだ。


浜から道路に上がる階段の手すりの根本を転移スキルで削り、持てば落ちるようにするアンジェリーナ。

どの仕掛けも怪我はするが死なない仕掛けか、引っかかるとイラッとする仕掛けばかりだ。


俺はこの仕掛けを仕掛けられた南太平洋浮島の上陸部隊が可哀想に思えてきた。


「これくらいすれば十分ね。トラップを警戒して侵攻が遅くなるはずよ。」


アンジェリーナは満足そうに言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る