第42話 第1段階 作戦

食事も終わり、作戦を説明するためにアンジェリーナがホワイトボードの前に立つ。


「いい?この作戦は前半戦は時間との勝負なの。今はシールドを貼って引きこもっているから、どちらの浮島も動かない。多分私の予想では、何もしなければこの状態は一週間は続くわ。


この作戦はアメリカ軍が進軍しやすい条件を徹底に作ることが目標なのよ。


こうすることでアメリカ軍が勢い付いて、戦争にアメリカ軍がある程度良い条件で勝利すると、浮島群は何処かの国を味方につける事は国防に役立つと考え、今まで国に一方的に独立する方針切り替える。少なくともそれを考えるようになると思うわ。それが最終目標よ。


これができればチャンの命も安泰ね。」


アンジェリーナはペンを握る。

アンジェリーナはホワイトボードで浮島の絵を2つと浮遊都市の絵を描く。そして浮島には北と南の文字を付け足した。


「まず、北太平洋浮島と南太平洋浮島のシールドエネルギーを浮遊都市のエネルギーで削るわ。これを行う事で、今SF映画みたいになっている状態を止める。シールドエネルギーと攻撃エネルギーは同じエネルギー系統を使っているからシールドにエネルギーを使うと攻撃もできなくなるのよ。」

アンジェリーナは浮遊都市から浮島に矢印を書き、浮島の周りを点線で囲ってシールド弱体化と書く。


「北太平洋浮島も攻撃するのは私たちが転移するためよ。私はあの強力なシールドを超えてた転移できないからね。それに南太平洋浮島も北太平洋浮島も攻撃防御できないなら通常兵器が使えるからアメリカ軍が有利になるわ。


これがまず第一段階ね。」

アンジェリーナは大きな文字でアメリカ有利と書く。


そして白板をひっくり返す。


「第二段階だけど、今度はアメリカ軍が私たちのことを注目してくれそうな功績を作るわ。」

アンジェリーナがホワイトボードに“功績”と書く。


「アメリカ軍はすでにハワイのパールハーバーを出発して北太平洋浮島に向かっているわ。でも今はシールドの物理遮断で島に上陸出来ない。もちろん今から浮遊都市が攻撃したらその障害はなくなるけど、功績が作れないわ。


このまま行けばアメリカ艦隊は南太平洋浮島の攻撃がちょうど当たらない、北太平洋浮島の北側に待機するはずよ。あそこなら南太平洋浮島の攻撃が北太平洋浮島が影になって当たらないはずだから。


そしてここからが勝負。


シールドは完全に消失するわけではないからアメリカは物質透過が解除されたなんて気づかないわ。


そこでシールド消失を調べさせるきっかけを作って、さらに上陸もさせるわ。


私たちが作る功績はアメリカ軍の侵攻の補助、敵を一箇所に誘導・撹乱、避難民の誘導よ。


これだけやればアメリカ艦隊の司令官にも私たちのことが耳に入るはずよ。


これが第2段階。

ここまでが前半戦よ。


ただ、私たちがアメリカ軍に注目されるくらい功績をつくるなると、戦争が終わったあと大変なことになるから、最果て鍛冶ギルドの功績として押し付ける予定よ。だから英雄にはなれないわよ。」


アンジェリーナは細かい作戦についての紙を渡す。さっき昼食後にアンジェリーナが慌てて書いた手書きのものをコピーしたものだ。


「後半戦はね.....」



この後アンジェリーナは作戦説明と言いながら、浮島スキルの予測成長とポイントの関係について、4時間ほどかけて説明。



森と真斗は最初の方で「ごめん、言われた通りに動くからもう勘弁して。」と言ってソファでオセロをし、俺も耐えられず寝てしまった。


最初は興味を持っていた志帆までもがついていけず、ダウンして終わった。


俺も初めは頑張って聞いていたのだが、関係式が大量に出てきたあたりから意識が薄れ、気が付いたら眠っていた。


アンジェリーナは大変不機嫌になった。

次の日色々と作戦の準備をしたのだが、俺は準備よりもアンジェリーナの機嫌をとる方が大変だった。


ーーーーー


日本時間午後4時

ハワイ時間午前11時

「全員ダンジョン攻略用の装備も持ってきたわね?そしてちゃんと寝たわね?」

昼寝の確認をするアンジェリーナ。ハワイ時間と日本時間では時差が大きいため、必要なことらしい。俺とアンジェリーナは浮遊都市にいるので、あまり時差がなく昼寝は必要ないらしい。


「アンジェリーナさん、本当にこれを僕が使うんですか?」

アンジェリーナはアサルトライフルを持っている。これは昨日アンジェリーナが調達してきた、銃弾が入る特別なダンジョン武器だ。


一ノ瀬はアサルトライフルをアンジェリーナから受け取る。


浮遊都市は自治都市のため、武装している軍と言われる組織はない。そこで一定以上大きなギルドには浮遊都市自衛のための最果て弾7.62mm専用アサルトライフル、“TE01”が置かれているのだ。


そしてそのTE01を作っているのは最果て鍛冶ギルドで、一ノ瀬が今持っているのは、昨日最果て鍛冶ギルドを訪れて、頼んで(我儘...ゲフンゲフン)無理を言って作ってもらったTE01改と名付けられたユニークアサルトライフルだ。


違いはTE01と違って専用弾だが、普通の銃弾が使えること。


「そうよ。TE01のライセンス外生産は禁止されているけど、これはその穴をついて作ったTE01改よ。専用弾があるから訓練所で朝のうちに試射して、これを作ったガッツ曰く、とんでもない性能のアサルトライフルらしいから。」

手書きの取り扱い説明書を一ノ瀬に渡すアンジェリーナ。


「浮遊都市の攻撃はハワイ時間のお昼の1時の予定よ。それまでに装備整えてるわよ。」





大きなスクリーンに二つの浮島が移っている。


浮島同士の攻撃開始から3日目、かなり浮島に接近している浮遊都市。


ハワイ時間午後1時になり、浮遊都市から2本の紫のレーザー光が発射される。

北太平洋浮島も南太平洋浮島も攻撃をやめた。そしてその場で動かなくなる。


浮島のシールドは一定以上のダメージが与えられると消える。

それを防止するために、ダメージを受けるとシールドはダメージを受けた分だけすぐにチャージするのだが、このチャージ量とチャージ速度が高いと早くシールドを復活させることができる。そのため攻撃に充てているエネルギー分をシールドのチャージに回したのだ。


では浮遊都市がエネルギー補充速度ギリギリの攻撃を当て続けるとどうなるか。答えは攻撃するだけのエネルギーの余裕がなくなる。


そしてこれを続けるとエネルギー切れで攻撃ができなくなり、最低限のシールドのみしか作れなくなる。最低限のシールドならば船でも飛行機でも簡単に通れるようになるはずだ。


アメリカ軍が動きやすくするための第一段階。


「すげーな、まるで映画を見ているみたいだ!」

真斗は意外とテンションが上がっているようだ。

だがそれも無理はない。

アナザーワールド委員会が設置した公式のライブカメラ。そして背後から発射されている2本の極太レーザー光。かなり迫力のある絵になっている。


「聞いてはいたけれど、なかなかすごい光景ね。」

神山は感嘆の声も漏らす。


10分くらいで浮遊都市はレーザー光の出力を落とす。

見るからに極太のレーザーが細くなる。


全員準備は整っている。


俺と一ノ瀬は普段通りの格好で、アンジェリーナはふわっとしたフリルがついたロングスカート、神山珍しく大人っぽいロングスカートにタイトなシャツ。

他のみんなは普段通りのダンジョン装備だ。


神山は実は意外と胸が大きかったようだ。普段ダンジョン装備のフアフアのフリルな服、制服も大きめを着ているので気付かなかった。


「みんな、集まって。ここからは時間との勝負よ。」

俺たちはアンジェリーナの転移で予定通りにログハウスに向かった。


ログハウスに降り立った俺たち。

おそらくだが、一時期ここに避難したひとがいたのか、ちょっとしたゴミや空き缶、空の缶詰が放置されている。


きっとログハウスは木造なので、どこか別の場所の頑丈な建物などに避難したのだろう。


「わかってるともうけど、私とチャン、神山、一ノ瀬は私のチームでA班、志帆と森、真斗、ゆり、鈴、さくら、ジャックは志帆リーダーのB班よ。

A班は潜入しての混乱させる役、B班はA班が混乱させている間にアメリカ軍へのパイプを作る役よ。」

アンジェリーナは全員に無線機を配る。全員が無線機にインカムをつける。そして志帆だけは背負うタイプの大きめ無線機だ。


「志帆、ランドセル背負っている小学生みたいだな。」

真斗の一言に笑ってはいけないと思いつつも俺を含めてみんながクスクスと笑う。


「えー、そうですか?私は通信兵みたいでいいと思うのですが。」

本物のランドセルよりは明らかに薄いのだが、無線機のカバーが黒色の合皮カバーなので、ランドセルと言われるとランドセルにしか見えなくなる。


神山が、パシャリとスマホで志帆を撮り、志帆に見せる。


「....たしかに、小学生と言われれば違和感ないですね。でも、体が小さいって便利なんですよ。サバゲーするときに見つかりにくいですし、狭い隙間でも通れますし...」

志帆は自分の胸に手を当てる。マンガなら“スカッ”と空気が漏れる音が書かれるだろう。


高校1年生なのに全く胸がない志帆。中学3年生であるにも関わらず膨よかな胸を持つゆりちゃんを、志帆はちらりとみる。


「普段はまったく気にしていませんが、言われるとすこし気になります。普段はむしろこの体形で良かったと思っているので胸が大きい女性を見ても嫉妬とかはありませんが、正常な女性としての成長ができるかが心配になってきました。」

何と言うか志帆らしい心配だな。


俺は胸の大きさと言われてなんとなく妹を見る。

俺に見られて察したのか、まだまだ成長期の妹は俺をにらむ。

「私は気にしているから何も言わないでね、お兄ちゃん。」


はい、わかりました。なにも言いませんから、それ以上スネを蹴るのはやめてください。痛いです。


「みんな無線がちゃんと使えるか確認して。一応ギルドホームでテストしたけど、万が一壊れていたら困るから。」

全員インカムが使える事を確認する。


「A班がバンド1、B班がバンド2ね。」

アンジェリーナに言われてボタンを操作する。


「いつも思いますが、無線機って便利ですね。そういえば、この無線機どれくらいの距離届くのですか?」

志帆はこういったサバゲーに使うような装備が大好きだ。


「わからないわ。ただ、その中継器があれば北太平洋浮島全島くらいはカバーできるはずよ。志帆は基本移動が終わったら動かない予定だけど、その無線機は身から離さないで。私の研究成果が詰まった傑作品だから。頑丈には作っているから乱暴に扱っても大丈夫だけど、無くすのだけは勘弁よ。」

どうやらこの無線機セットはアンジェリーナ自作無線機らしい。


「わかりました。軽いですし、大丈夫だと思います。しっかりと体に固定していますし、腰ベルトも胸ベルトもついているのでたぶん宙返りしても平気です。」

志帆にしては珍しい冗談だな、宙返りしても平気か。


「松ちゃん、宙返りしても平気というのは比喩表現ではないぞ。志帆は何もないところで本当に宙返りできるから。」

真斗が俺に補足説明をしてくれる。


「真斗。同じB班なので声は無線機から駄々洩れと言う事を忘れないでくださいね。」

真斗が演技で「げっ」と言いながら嫌な顔をする。


「はいはい、ここで話していたいのは山々だけど、私たちには時間がないのよ。さっさとやることやりましょう!!」

こうして作戦の第二段階が始まった。






「アンジェリーナ、ところでどうやって浮島の南側にいくんだ?

アンジェリーナ、浮島の南側行ったことないだろう?転移用のマーカーも設置していないんじゃ…。」

俺は作戦内容に移動方法が書かれていないことに気づいてアンジェリーナに聞く。


「しまった。すっかり忘れていたわ。」

アンジェリーナはログハウスの扉を開けてキョロキョロと周りを見渡す。

そしてそのままトコトコと建物の裏に行ったあと戻ってきた。


「チャン、いいところに車があったわ。それに乗りましょう。」

おい、アンジェリーナ。それ、盗難では?


アンジェリーナについていくと一台のボロボロのセダン車が民家の軒先に置かれていた。

アンジェリーナが車の中を覗き込む。

「あ、カギが刺さってるわね。きっとこの車の持ち主はもう避難したのね。この車の持ち主には悪いけど、車を拝借するわ。」


アンジェリーナは何かをメモしてその家の郵便ポストに入れる。

そして車のドアを開けて運転席に乗り込んだとおもったら、すぐにキーを回してエンジンをかけた。

何回かアクセルペダルを踏みこんで、エンジンの調子を確かめる。


「さぁ、早く乗って。浮島の南側に行くわよ。」

何といいますか、なかなか鮮やかな手口ですねアンジェリーナさん。


アンジェリーナが運転席、俺は助手席、後部座席には神山と一ノ瀬が乗り込んだ。

軽快なラジオが流れる中、俺たちA班は北太平洋浮島の南側へと向かった。


ここで一言、アンジェリーナの運転について言っておこう。

アンジェリーナの運転は大変うまかった。


そう、まるで棒有名なイニシャルXを思い出すような、そういう運転だった。


ロータリーだらけで信号がない道路とはいえ、前後左右に次々と重力が加わりながら、景色が物凄い速度で変わる様に命の危険を感じた。










ポーションケースちゃんと持ってきてるよな、おれ。

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